メディアグランプリ

心の片隅に“プロレスラー”を住まわせるということ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:竹下優(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「立て! お願い、立って!」
周りの人がこちらを向いたような気もする。構うものか。
お前はこんなところで倒れていて、悔しくないのか、それで良いのか。
リングの中に倒れこむ男に向かって、あらん限りの声を張り上げた。
 
2019年5月。
職場の同僚に誘われて、初めてプロレスというものを観に行った。
私はボクシングもK-1もレスリングも、格闘技と呼ばれるもの全てに興味が無いうえ
筋肉質な男性よりも、華奢で病弱そうな男性の方が魅力的に見えるたちなのだが
「プロレスはね、格闘技じゃないから。エンターテインメントだから」
そう力説する同僚の目の輝きに引き込まれ、チケットを手にしたのだった。
 
「きょうの試合って、長いんですか?」
「そうですね、最初は団体に所属したばかりの若い選手が。
次に、少しずつ名の知れた選手が試合をして、
最後に強くて人気のある選手が1対1でこれでもか! というくらい熱い試合をします!
だからトータルで、3時間くらいですかねっ」
 
さすがはプロレスファン、淀みの無い解説。
なんだか異世界に迷い込んだようだけど、大丈夫か? 私。
 
結論から言うと、そんな不安は抱くだけ無駄だった。
各試合の前には、両選手のキャラクターとお互いの因縁、これからの試合の見どころが
ドラマティックにまとめられたVTRが放映され、初めて観る者でもどちらかに肩入れできるようになっている。
そして圧巻は、入場シーン!
爆音で鳴り響くテーマ曲、うねるレーザービーム、ド派手な衣装。
あっという間に“非日常”に連れ去られ、彼らが何を見せてくれるのか、ワクワクしてしまうのだ。
これから一体、どんなスゴいことが起きるのだろう!?
期待は頂点に達するものの、残念ながらこの期待は一度、地に落ちることとなる。
 
筋肉隆々のオトコが、体一貫で向かい合う。
 
うん、そうだな。プロレスってそういうモンだよな。忘れてた私が悪い。
 
一旦冷静さを取り戻して見つめていたものの、段々と感極まってきて
試合開始から10分が経つ頃には、うっかり目頭が熱くなったのだった。
 
バチン! ゴツッ! ドンッ!
鈍い衝撃音が響き、男達は何度もマットに伏せる。
技を出し、相手を倒し、次は自分が技を受け、相手に見せ場を作る。
 
技を受けるのは痛いだろうし、“勝つこと”のみにこだわるのなら、もっと近道があるだろう。
けれど彼らは、「観客をワクワクさせたい」という一点において、
自らの身体をボロボロにし、カッコ悪い自分も、弱い自分も曝け出していた。
 
私、最後に“ボロボロになる”ことを恐れず、自分を曝け出したのはいつだったっけ……
 
ボロボロになって、傷つくのが怖いから。
何かたいせつなものを、失ってしまうかもしれないから。
良い人に見られたいから。
物事は穏便に解決して、無駄なエネルギーを使いたくないから。
 
まぁ、要するに、我が身の可愛さに”ヌルっ”とその場をやり過ごすことがいかに多いか。
 
物心つくかどうか、くらいの頃には
「オモチャが欲しい」だの「お昼寝したくない」だの泣きわめいて
親に怒鳴られても叩かれても、顔中が涙と鼻水でグチャグチャになっても構いやしなかった。
 
そこから少しずつ“よいこ”になったものの、反抗期には思い返すのも恥ずかしい
「誰も私のことなんて分かってくれない!」病を発症、
学校と家庭、という小さな“社会”への不満を全身で表現したものだ。
 
あのエネルギーは、あの勇気は、一体どこに置いてきたのか。
“物分りのいいオトナ”になりたくない! って、今も思っているはずなのに。
着々と階段を歩んでいた自分に、本当は嫌気が差していたのだ。
 
その証拠に、 “ザラっ”とか“モヤっ”とした、心の澱は年々溜まっていく一方だ。
 
「それは間違っていると思う!」と、上司に言えなかった。
違和感を抱いたまま、仕事をしてしまった私は共犯者だ。
 
回ってきた仕事を、つい流れ作業のようにこなしてしまった。
誰かにとっては、想いのつまった仕事だったかもしれないのに。
「疲れているから、早く帰りたいなぁ」を、優先させてしまった。
 
自分をさらけだすこと、ボロボロになるまで頑張りぬくこと。
 
それが美しくて、カッコいい事なのはよく分かる。
だけど、いや、だからこそ、そうできなかった自分への反省、後悔、嫌悪が残るのだ。
 
かたや、光が降り注ぐリングに立つ、あの男たちときたら。
私より5つも10も年上のレスラーがぶつかりあい、痛みに顔を歪めている。
立て、立ってくれ、せめてお前は。
気がつくと、“そうありたかった”という自分の想いをのせて、希望を託して、男の名前を叫んでいた。
 
その後、きょうまでプロレス観戦に足を運ぶこと3回。
今では会場のトイレで、お気に入りの選手のTシャツに着替えるまでに成長した。
家からTシャツを着て行く勇気は、まだない。
 
けれど、いつも心の片隅に留めている想いがある。
 
あと1回くらい。
せめてあと1回は、あのプロレスラーみたいに、
ボロボロの、カッコ悪くて弱い自分を曝け出してやるぞ、と。
 
 
 
 
***
 
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2020-03-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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