メディアグランプリ

春、甘くやさしい、ハチミツのような出来事について


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:藤原 千恵(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
自分の欠点(だと思っていること)を、やさしい言葉で包んでもらったことはあるだろうか。
やさしく甘く、とろりとしていて、明日は今日よりちょっといい日かもしれない、と思えるような言葉。
 
小説でも映画の中のセリフでも、ちらりと目にした雑誌のコラムの一文でも。
友人や家族からかけられた言葉でも、脳裏に焼き付いて忘れられないフレーズを思い出す時に、私は「自分自身」と向き合っていたある時期を鮮明に思い出す。
 
欠点を自ら人に伝えること、欠点が露呈してしまうことは、とても恥ずかしいことだと思っていた時期があった。
完成されていないことはどうにか隠して、人にバレないようにすることが美しいことだと思い、それは自分の性格のことも、顔の造形においてもそうだった。
 
そんなコンプレックスを隠そうとすればするほど、自分と周りの壁は厚くなり、その壁の厚ささえ隠そうと必死になっていた。
20代前半のことである。
 
今ならわかるが、その当時の私は「自分を許す」ということができていなかった。
接客の仕事に就いたばかりで、仕事でもプライベートでも、顔は笑って心では泣いているようなアンバランスで危うい状況だった。
 
そんな精神状態のときは、決まって体のどこか(特に頭や顔)に不調が出ていた。
私の場合、顔が真っ赤に腫れてお化粧ができなくなったり、頭痛が酷くて顔色がとんでもなく悪くなったり、と目に見える不調が多かった。
 
自分を許すことができていなかった私は、わかりやすい不調が出ていることに苛立った。
どうして元気になれないの、どうして完璧でいられないの。
どうして、どうして……
答えは簡単には見つからず「フレッシュな新入社員」でいられる春は、もうとっくにすぎていた。
 
当時の職場に、ふんわり柔らかい雰囲気で、肩の力が抜けてとても魅力的な女性がいた。
直接的な上司ではなかったが、私と20歳ほど歳が離れているのにいつも気にかけてくれる人だった。
私はすぐに気を許して、仕事のことも恋愛のことも色々な相談をした。もちろん体調がすぐれないことも。
彼女もたまにだが、精神の状況が体調に現れるようで、本当に辛そうな時は仕事をお休みする日もあった。
私はそれまで「仕事を休む」という選択肢を持ち合わせていなかったが(なぜならそんな自分が許せなかったから)、本当は「仕事を休める」ということがとても羨ましかった。
 
「休む時、罪悪感とかないんですか?」
と聞いたことがある。(なんてデリカシーのない質問なんだろう)
彼女はこう答えた。
「夫にね、仕事を休みたいと言ったら、そうか、じゃあ今日は一緒にどこか出かけよう、と言ってくれるの」
 
そしてこう付け加えた。
「その言葉だけで、私は、わたしのままでいいんだと思えるのよね」
 
どきっとした。
はっとした、というよりも、どきっ、だった。
同世代の友人からは聞くことができないその答えに、大人の余裕を感じて少したじろいだのを覚えている。
彼女は自分のことも、周りにいる大切な人のことも、包み隠さず受け止めているのだと感じた。
だからこそ、その彼女を包んでくれるパートナーと出会えたのだと直感的に思った。
それがその人の雰囲気となり自信に繋がっているんだ……
 
自分の未熟な部分を隠してごまかしてばかりいる私は、何か大切なものがどんどん遠ざかっていくような気がして、とても焦った。
それは恋人なのか、友人なのか、職場の同僚なのか、それとも自分の自尊心なのか。
「私は、わたし」と思い、伝えるべき人には伝えて、そうして大切なものを守っていこうと思えた言葉だった。
 
同じ時期、私は友人と休日に街で会う約束をしていた。
顔が荒れてお化粧できない状況で、いつも綺麗な友人に会うのは億劫だったが、最低限の化粧をして俯きながら待ち合わせ場所へ向かった。
そしてランチしながら、身なりが整えられていないことを謝った。
「ちゃんとお化粧できてなくて、ごめんね」
友人はびっくりした顔で、でもとても優しくこう言ってくれた。
「全然気にならない! 目の上の赤みはピンクのアイシャドーしてるみたいでかわいいよ!」
 
荒れ放題の目の周りを、ピンクのアイシャドーみたいでキュートだと言ってくれるなんて。
その友人がいるだけで、その言葉だけで、私は救われたような気持ちになった。
お化粧ができないほど顔が赤くただれることは、本当に悲しくなる出来事だったのに、思い出すのはそんなやさしい言葉だ。
 
はじめての仕事、はじめての土地、はじめて出会う「自分」と向き合うこと。
はじめてづくしの春、かたく閉じていた心が、身近な人の何気ない言葉で柔らかくなることがある。
近所のスーパーでいつも顔を合わせるレジのおばちゃんとの会話かもしれない、よく行くお店のスタッフかもしれない。
甘くやさしい言葉は、春の気配のように身近なところに潜んでいる。
 
この春、誰かにとってのやさしさになれるだろうか。
ポケットにやさしさを忍ばせて、いつでも言葉を取り出せるように準備しようと思う。
 
 
 
 
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2020-03-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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