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シルクロード旅の思い出 〜「諦めたつもりはない」は「諦める」よりダメな奴だった件〜


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:加藤里加子(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「なんで、すぐ諦めるの!」
「諦めるとかじゃなくて、他に選択肢はないの!」
 
バックパッカーの女2人が、大声で言い争っていた。
30年も昔。中国新疆ウイグル自治区・烏魯木斉(ウルムチ)市内の航空券売り場だ。ケンカしているのは私とキヨミで、もうひとりの同行者カヨは2人の間でオロオロしている。いつの間にか周囲には野次馬が集まっていた。
 
卒業旅行に、女友達3人で中国へ行った。3人ともTV番組の「シルクロード」が好きだった。日本・香港往復の航空券と最初の宿だけの格安ツアーで、それ以外は完全に自由。私たちは西安、敦煌、酒泉を巡って烏魯木斉に到着した。
 
烏魯木斉からはオアシスの町、吐魯番(トルファン)に移動する予定だ。その前に帰りの飛行機を確保しておこうと、2日後の北京行き午前便の航空券を購入した直後のことだ。
 
当時の中国は、交通機関の切符は乗車地でしか購入できず、しかも3日以上先の切符は買えない不便な国だった。
 
ウルムチから吐魯番まではバスで3時間かかる。2日後の午前便に乗るためには、吐魯番に1泊しただけで戻らなくてはならないが、それでは観光ができない。2泊は必要だ。航空券を購入した後になって、私たちはそれに気づいたのだ。
 
キヨミの意見は
「この航空券はキャンセルして吐魯番に行く。2日後、烏魯木斉に戻って改めて北京行きの航空券を買う」
 
私の意見は
「吐魯番には行かず、烏魯木斉を観光する。2日後、この航空券で北京に飛ぶ」
 
2日後に北京行きの航空券が買える保証はない。旅行の残り日数を考えると冒険はできない。せっかく購入できた航空券を手放すなんてありえない。
 
だが、キヨミは私の判断を「諦め」と決めつけて引かない。私もキヨミの「無謀」に道を譲る気はない。完全に平行線だった。
 
もう、ここから別行動を取るしかない!
 
私たちのケンカがそこまでヒートアップした時、野次馬の中から仲裁者が現れた。前日、吐魯番から烏魯木斉に来たという一人旅の日本人男性だった。
 
彼の登場で少し冷静になった私たちは、彼が提供する情報をもとにいくつかのパターンを検討した。そして、吐魯番に行って2泊した後、バスではなくタクシーを使って烏魯木斉まで戻るというプランにたどり着いた。これなら、私とキヨミ双方の希望を満足する。
 
私たちは、相談に乗ってくれた男性に礼を言い、吐魯番に向かった。
 
吐魯番は素敵な街だった。
モスク周辺のバザール、街外れのカレーズ(地下水路)、玄奘三蔵が天竺に向かう途中滞在した高昌故城、孫悟空誕生伝説の火焔山、アスターテ古墳群のミイラ……私たちが「シルクロード」を観て思い描いていたものが、吐魯番には山ほどあった。
 
「ね、諦めないでよかったでしょ」
「はいはい」
 
勝ち誇ったように言うキヨミに、私は苦笑いした。
 
私は別に、諦めたつもりはなかった。キヨミほど吐魯番に固執しなかっただけだ。吐魯番は楽しかったけど、行けなくても「仕方ない」程度の気持ち。あの時、烏魯木斉を観光していたとしても楽しかっただろう。旅を楽しむ秘訣は「無欲」だ。
 
だけど……
 
30年の時を経て、私はふと思う。
 
それって、諦めるよりもダメな奴じゃないか?
 
狐は、何度も葡萄に向かって飛びついた挙句、「あの葡萄はどうせすっぱい」と負け惜しみを言った。私は、高いところにある葡萄を見ただけで「あれはすっぱい」と決めつけたんじゃないのか?
 
「無欲」と言えば聞こえはいいが、最初から逃げているだけじゃないのか? 苦労の末葡萄を諦めた狐の方が、ずっと偉いんじゃないのか?
 
私とキヨミは、西安のホテルでも小さなケンカをした。客室のポットにお湯が補充されていなかった時だ。
 
「中国だもん。こんなもんでしょ」
と、達観する私に
 
「権利は主張しなきゃダメだよ」
と、キヨミは怒った。ポットをひっつかんで部屋を飛び出し、厨房へ行ってお湯をゲットしてきた。
 
あれから30年が経ち、私は相変わらず「ポットにお湯が入っていればラッキー。入ってなくても気にしない」という無欲な日々を送り、キヨミは今も文句を言いながらポットを持って突進している。
 
そんなキヨミの生き方を、今になって眩しく感じている私がいる。
望むものに真正面から向かい「諦めない」彼女と、望むものがないので「諦める必要がない」私。どう見ても、私の方がダメな奴だ。
 
きっと、あの時「吐魯番に行きたい」と主張したキヨミのような、強い思いを抱かなければ始まらないのだろう。今さらだけど、私の「吐魯番」を見つけたい。そう思う。
 
「誕生日、何か欲しいものある?」
 
もうすぐ私の誕生日。例年のように夫が聞いてきた。
無欲な私の答えはいつも「特にない」だ。欲しいものなんてないのだから、他に答えようがない。いつものように即答しようとして、ふと私は気持ちを変える。
 
「ちょっと考えさせてね」
 
今年は、夫へ初めての「誕生日プレゼントのリクエスト」をしてみよう。小さな一歩だけど、それが、私の「吐魯番」へと続くはずだ。
 
気のせいか、いつもと違う私の答えに、夫は嬉しそうだった。
 
 
 
 
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2020-03-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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