メディアグランプリ

メジロマントルが教えてくれたこと


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:ベンアイサ紗依 (ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「ああ、こんなにも早くその日がやってくるとは」
いつも乗馬クラブに来ると馬房の2階にある自分の鞍箱から荷物を出し、抱えて階段を下りながら目の前の馬房に居る彼に「おはよう」と声を掛ける。
 
2月のある土曜日、いつものように鞍を抱えて階段を下りていたら、彼の馬房は開いていて、所狭しと花が飾ってあった。
 
彼に初めて乗ったのは2019年12月。
馬体がとても細く、きちんと脚(足の合図)を伝えなければ動かない馬、それがメジロマントルだった。
それでいて口元が敏感で、手綱を握りしめてしまう私の初騎乗はなかなか思い通りに指示を伝えることが難しかった。なのに、「この馬こそ私が3級ライセンスを取るパートナーとして選びたい馬だ」と直感した。
 
「今まで一度も人を落としたことがないんだって。すごいよね」
会員さんたちが口をそろえて賞賛する。
実際メジロマントルは、他の馬が敏感に反応するバイクや意表を突いた騒音にも動じない。脚反抗(足の合図に対する抵抗)で人を振り落としたりすることもなく、落ち着いた性格の馬だった。
 
むしろ落ち着きすぎではないかと思うくらいで、少しでもこちらが気を抜くとすぐ速歩から常歩に落ちる。
常歩とは馬が4拍子のリズムで歩いていること、それより速い動きの速歩は馬の2拍子のリズムの走りである。さらに速いのが駈歩と呼ばれる3拍子でパカラッ、パカラッと馬らしい走り方のことを言う。
暴れん坊将軍で波打ち際を松平健さんが袴をはためかせて走るあれだ。
 
「腰をゆすっても馬は動きませんよ。脚に反応がなければ鞭を使いましょう」
メジロマントルの常歩はうっかりすると、スローモーションのようにゆっくりになってしまう。
今よりも脚が使えていなかった当時の私には、常に脚を意識することが難しかった。
駈歩の時は特に、脚を頑張って使うあまり、上半身がぶれてしまいまたそれがメジロマントルの動きを妨げてしまっていた。そうなる前に鞭をうまく活用し、メジロマントルに今は休む時間ではないことを明確に伝えていけるようになったのは3回目に乗ったぐらいからだった。
 
馬も人間と同じで、できるだけエネルギーを消費しないように活動しようとする。どうやったら楽な方に行けるかを考える。そこで人が今はその時間ではないよ、と教えてあげることが大切で、メリハリを付ければ馬は素直に集中してくれる。一定の時間集中させたら、褒めて、リラックスさせてあげる。
 
馬は人をよく見ていて、楽しようとしたときに乗っている人間がどんな反応を見せるか様子を伺っている。
そこで大切なことは、楽な方向に行く馬に流されてしまわずに、今やるべきことをきちんと伝えられるか。
つまり馬は、この人は自分よりリーダーシップのある人物かどうかを見極めようとしている。
例えば、足場が悪いとき歩きやすいところを選んで通っても何も言われないかどうか。
歩きやすいところに行こうとして「ダメ」と厳しくされたとしても、自分をやる気にさせてくれる人だ、と馬が思うと、そのうち騎乗者の指示に集中し 「こうですか? こっちですか?」とこちらの期待に応えようとし始める。
 
反対に無理やり力でコントロールしようとすると、逆に抵抗し言うことを聞かなくなる馬もいる。一頭一頭ユニークな性格があり、素直な馬もいれば、わざと指示を無視したり、跳ねたり、首を振ったりして騎乗者を困らせることが得意な馬もいる。むしろそういう馬の方が多い。
だからこそ馬の性格によってコミュニケーションの取り方を変える必要があるのだが、この構造、人間社会でも全く同じスキルが必要ではないか。
 
そう組織の上司部下の関係にそっくりなのだ。
上司の指示が明確でなければ期待しているアウトプットが出てくることは望めない。
力でねじ伏せようとすれば部下は反発するか、嫌々その仕事をこなし、やがては転職していく。
 
3級ライセンスを取るにあたって、パートナーの馬を選ぶため多くの馬に乗る機会を与えてもらったことで騎乗技術以上に、馬と人間の関係性について学んだ。そして騎乗回数を重ねるごとに、「だからメジロマントルは誰も一度も落としたことがないんだ」と妙に納得した。
 
試験当日はそれがただの練習ではなく、大事な場面であることをメジロマントル自身が理解していた。
いつもは少し力を抜いた駈歩をしていたのに、その日は張り切って後肢が踏み込む力強い駈歩をしてくれていたし、速歩も当日の練習時間よりシャキシャキしていた。
 
いつかそういう日が来る、そう頭では理解していても、つい今日と同じ明日が来るとつい思ってしまう。
もう二度と、彼にニンジンをあげることも、撫でてあげることもできないのかと思うととても寂しい。でも彼が教えてくれたこと、そして何よりも3級を取らせてくれた思い出を大切にしたい。
 
 
 
 
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2020-04-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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