メディアグランプリ

スタイルがよく見えるワンピース


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:きさらぎ満月(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
そのワンピースを購入したのは、去年の夏、既婚者に口説かれたからだった。
 
最後に誰かと付き合ったのはもう20年以上前。それ以来、単発のぶつかり稽古はあったが真剣な付き合いはなかった。
幼い頃から自分は醜いと思っていて、長じるにつれて体重が増加し、ますます自分に自信がなくなっていた。最近ダイエットには成功したが、私に言い寄ってくるのは体目当ての物好きしかいない、とあきらめていた。
本当に久しぶりにすてきな人に出会えて、しかもこんな私を好ましく思ってくれている。なのにその人は既婚だった。既婚だと知ったときには、もう好きになっていた。
男は返事を待っている。
どうしよう。どうやってこの気持ちを止めよう。
 
ろくでもない男に引っかかっている場合ではないと、積極的に外に出る計画を立てた。
そして、このワンピースを買った。
何年も前に、友人がSNS上で「いいね」ボタンを押していた服飾メーカー。流行に左右されないメーカーで、シンプルで美しい服を色のバリエーションを付けながら同じ型で売り続けている。オンラインショップで初めて見た数年前から、そのワンピースが気になっていたが、今でもまだ売っていた。
普段一万円以内の服しか買わない私にとって、37,000円はちょっと高かった。でもこれを着て出かけることで、なにかが変わるかもしれない。
 
思い切ってそのワンピースをオンラインで購入した。
届いた品を実際に着てみると、びっくりするほどスタイルがよく見えるような気がした。
 
元来出不精で、休日には部屋で一日スマホゲームに興じているような日々だったが、それを改めた。
週に一度は一人で美術館や映画館に出かける。週に一度は一人で外でランチをする。ちょっとハードルが高いが、月に一度は一人で外に飲みに行く。
どんな展示物に出会えるだろう。どんなお店の雰囲気で、どんな料理を出すのだろう。そこでなにかが起きるわけではないけれど、新しい物との出会いが小さな冒険をしているようで、だんだん一人行動が楽しくなってきた。
 
そして男に連絡を取った。
火が付いてしまった恋心を冷ますのがこんなに難しいとは思わなかった。20年ぶりに味わう恋愛は甘美だった。
その一方で、この関係はどこかで終わらせなければいけないと思っていた。男に依存しすぎないように、一人行動は続けることにした。
 
秋に、ワンピースを着て高校の同窓会に参加した。実家の母は、出かける支度をした私を見て驚喜した。
私の自尊心を低めたのはこの母かもしれない。美人の母には「あんたはかわいくない」とちょくちょくケチを付けらることがあり、そのたびに私は傷ついていた。大人になってからその話を母にすると「あんたは執念深い」とかわされる。その母が、ワンピースを着た私を見て興奮している。自分でも似合うと思っていたが、母が言うならやはり似合うのだろう。
同窓会では「高校のときよりやせたよね」といわれた。確かに高校時代に太り始め、今はその頃より少しやせている。しかしこのワンピース、本当にスタイルがよく見えるようだ。
同窓会に出席したことで、新しい女友達が増えた。
 
その頃、職場の部署を異動した。不可解なタイミングでの異動だった。10名ほどの新しい部署は、メンバー同士の仲がうまくいっておらず、雰囲気がどんよりしていた。
私は、仕事のスキルは低いがコミュニケーションは比較的得意だ。この異動はこの雰囲気を改善するために違いない、と勝手に解釈した私は、一人プロジェクトを立ち上げ、なんとか風通しをよくしようと努力を始めた。
鼻歌を歌いながら仕事をし、数人いる気難しいメンバーたちをからかった。自分の失敗を積極的に公表し、後輩たちのアドバイスを待った。
この一人プロジェクトも新たな冒険だった。
 
年末、男とちょっとしたいさかいが起きた。
そのままの君でいい、というキラーワードを口にするくせに、私の言動に説教をする男。自尊心が低いので、男に合わせようとする私。
これでは対等ではないと思い、私から男の気に入らない言動を指摘したところ、数日連絡が途絶えた。腹が立った。
付き合って4ヶ月、どんなカップルも意見の相違が目に付き始める頃だろう。長く続けていくなら乗り越えるべき壁なのだろうが、長く続ける関係ではなかった。
男に別れを告げた。
もう一人で飲みに行くことが怖くなくなっていた。
 
職場にワンピースを着ていったある日、後輩女子にほめられた。「このワンピース、スタイルがよく見えるんだよね」というと、「きさらぎさん、元々スタイルいいじゃないですか」と言われた。
とても嬉しかった。ワンピースではなく私がほめられた。本当に嬉しかった。
そして気付いた。私が必要としていたのは、自尊心を高めることだったのだ。
このワンピースを着ることで、スタイルに自信を付けることができた。一人で行動することで、勇気を持つことを覚えた。男と付き合うことで、自分になんらかの魅力があると確認することができた。小さな冒険を重ねることで、私は次第に自信を持って行動できるようになっていた。
男との付き合いをこのまま続けると、かえって自尊心が低くなりそうな気がする、そう思ったところで関係をやめた。しかし、変わるきっかけを与えてくれた彼には感謝している。
 
今月いっぱいでまた部署を異動することになった。
今では私の鼻歌当てゲームがはやり、一番気難しかったメンバーも一緒に歌ってくれるようになったのに、残念だ。
私もなにかを変えることができたのかもしれない。
 
 
 
 
***
 
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2020-04-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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