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メディアグランプリ

人は話す時、歌っているのかもしれない


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:印田 彩希子(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「ちゃんと話聞いてる?」
 
DSでドラクエをやりながら「はあ」とか「ふ〜ん」なんて気のない返事をするヤツについ言ってしまった。
 
「聞いてるよ〜。お皿洗っといて、でしょ。これセーブしたらね。」
「〜〜〜〜〜!」
 
ちゃんと聞いていなくても腹が立つが、DS片手にちゃんと聞かれていても腹が立つ!
 
コロナの影響で、我が家も御多分にもれず煽りを受けている。
飲食店に介護福祉。私も彼氏も、お互いにテレワークできない職種であるが、コロナの影響で家にいる時間が増えた。
今までは別々に食事をすることが多かったのだが、一緒にご飯を食べたりする時間が多くなった。当然、会話も増える……のだが、これがなかなか難しい。
 
冒頭のやり取りも、彼は確かに「聞いて」いた。私は確かに「お皿洗っといて」って言ったさ。
……だけど。
DSやりながら、こっちも見ずに「はあ」とか「ふ〜ん」なんてのは、ちゃんと聞いてるうちに入らないだろうが〜〜!
と、心の中では吠えるけど、言わない言わない。
気のない返事をしつつも、ちゃんとお皿を洗ってくれる。その背中を見ながら感謝したいのだけど、素直に「ありがとう」とは言いたくない、釈然としない気持ちになる。
私の中の問題は「お皿を洗ってくれたか」じゃなくて「ちゃんと聞いてくれなかった」問題なんだよぅ。洗濯物を干しながら、下唇が突き出てしまう。
 
「きく」ってムズカシイ。
 
今日は向こうが聞いてくれなくてムッとしたが、私だってなかなか上手に話を聞けない。
ついこの前だって、一緒にDVDで「マッドマックス 怒りのデス・ロード」を観たのだが、私がうまく話をきけなかったせいでケンカになりかけた。
映画のエンドロールが終わって彼が感想を話し出した。
普段、映画を見てもあまり感想を言わないタイプなのだが、その日は珍しく饒舌だった。映画の興奮冷めやらぬ、という感じで感想を話す。
しかし、私も映画の興奮のままに、彼の話を横取りしてしまったのだ。
 
「あの嵐のシーンさぁ……」
「あ〜そうそう、あそこまで行ったのにまた戻ってくるところが面白いよね。あれはさ……」
 
なんて、「そうそう」とか相槌打つフリをして、つい相手の話を横取りして自分の感想ばかり喋ってしまったのだ。
 
「……。」
 
気がつけば彼は無言になっていた。
「どうしたの?」なんて聞いてみても後の祭り。膨れっ面で「もういいよ、もう話さないもん」なんて言われてしまう。
こうなってはもう謝ったてなだめすかしたってダメだ。やっちまったなぁ、と猛反省しながら機嫌が直るのを待つしかない。
 
大学の同級生にシオちゃんという子がいた。彼女はいわゆる聞き上手だった。
本人はどちらかというと口数の少ない、むしろ、無駄なことは喋らないタイプだったのだが、彼女に話していると不思議と言葉が出てきた。
心の中にある、モヤモヤと言い表せなかったものが、自然と言葉になって出てくるのだ。
 
シオちゃんはピアノ伴奏も得意だった。
一度血迷って「声楽」なんて授業を履修してしまったことがあるのだが、声楽のテストは実技試験だった。教授の前でイタリア歌曲を歌う試験で、必ずピアノ伴奏を付けなくてはならない。その伴奏者は生徒が自分で手配するとのことだ。
声楽科の友人に誰か伴奏してくれる人がいないか泣きついたところ、シオちゃんの伴奏は「すごく歌いやすい」と教えてくれた。
シオちゃんにお願いしたところ、彼女は快く引き受けてくれた。
 
ぶっちゃけ、声楽の成績はギリギリ合格ラインだった。声楽を専門にやっているわけでもない私が、音楽を志す生徒たちの中で実技で爪痕を残すなんて無理な話なのだ。私も興味本位で履修した授業なので、ギリギリでも単位がもらえれば御の字だった。
ギリギリでも単位が取れたのは、ひとえにシオちゃんの伴奏のおかげだと思う。
シオちゃんの伴奏は評判通り、いや、評判以上だった。
何というか、歌わせてくれる、そんな感じがしたのだ。
そっと歌に寄り添ってくれるような、歌いたいところでそっと背中を押してくれるような、そんな伴奏なのだ。
 
それは彼女に話を聞いてもらっている時とよく似た感覚だった。
そっと自分に寄り添ってくれているような、そんな安心感があるのだ。
 
しかし! シオちゃんの寄り添うような話の聞き方を、やろうとしてもちっともうまくいかないのが現実。
どうも私がやると、押し付けがましいというか、誘導尋問っぽくなるというか……圧がすごくなってしまうのだ。
電車で隣に座った人がグイグイ来るような、こいつ距離感ねえな、そんな感じになるのだ。
 
「何で」
「どうして」
「じゃあ、こういうこと?」
 
こんな調子で相手の話を先回りしてしまったりするのだ。
たぶん「話してる時に、相手はどんな顔してたの?」って聞かれても答えられないだろう。
寄り添おう、寄り添おう、そう思えば思うほど、自意識ばかりが先立って相手の話を邪魔してしまう。
私には、聞く才能がないのか? なんて思っていた。
 
そんな時。
つい先日、彼が日本酒を数種類買ってきたので、利酒をしてみた。
と言っても、お互い日本酒に詳しいわけじゃないから、
 
「甘いよ〜、春っぽい。桜がヒラヒラする感じ」
「これ、美人な感じのお酒だよ、美女」
 
みたいに勝手な感想を言うだけなのだが。
ふと思ったのだ。
 
「きく」ってこういうことかもしれないな、と。
 
「利く」と「聞く」でダジャレというわけじゃなくて。
純粋に相手の話に興味を持つ、というか。
お酒の名前や情報に詳しくなくても、お酒を味わって、香りを感じて、想像することはできるよな、と。
相手の話を情報としてただ聞くのではなく、それを口にするその人がなにを感じているのか。
余韻を楽しむように、相手の沈黙を一緒に味わう、とか。
耳で「聞く」じゃなくて、全部で「きく」。
 
グイグイ距離を詰めるんじゃなく、一定の距離を保つこと。
付かず離れず、近すぎないけど、伸ばした手が届く距離感。
相手が伸ばした手を取れる届く距離で、自分が伸ばした手が時には背中を撫でてあげられるような、そんな距離。
 
シオちゃんの伴奏している姿を思い出した。
彼女はいつも楽しそうだった。私のヘタクソな歌に寄り添っている時でさえ。
 
「伴奏って楽しい?」
 
と聞いたことがある。
 
「楽しいよ。歌を聴きながらピアノを弾くと、自分の演奏を遠くに連れて行ってもらえる気がするから。」
 
彼女は、もしかしたら、歌を聴くように話を聴いていたのかもしれない。
 
人は話す時、歌っているのかもしれない。
歌を聴くように、お酒を利くように、誰かの話を聞けたら。
 
そんなことを思ったら、話を「きく」ことがちょっと楽しくなった。
 
 
 
 
***
 
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2020-04-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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