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こんなことになるなんて。


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記事:ミライ(ライティング・ゼミ通信限定コース)

 
 

「もう一度 念のために……。
このお怪我をされた時の状況を詳しくお聞きしたいんです」
 

頭部のレントゲン撮影を終えて部屋を出ようとしたとき、診察の時に同席していた看護師の方に声をかけられた。

 

声のトーンは明るく愛想良く微笑んでいる、ベテランの女性看護師。

 

口元は微笑んでいるが、ニコニコと細めた目は、ジッと私の顔色を確認しているような緊張感を感じた。

 

私は腫れ上がり、ガーゼと包帯で半分以上覆われた顔を軽く片手で押さえながら、
——あ、わかりました。
でも診察の時にお話しした以上のことは——
と、伏し目がちに答えた。
 

あまりこの顔を見られたくはない。

 

それに、この怪我の原因は…… 。

 

私は焦り始めた。

 

この時、私は36歳での第一子出産後。1カ月間の里帰りも終えて自宅に戻り、なんとか子供がいる日常生活を始めたばかりの時期だった。

 

出産による身体のダメージはまだ大きく、下半身はずっと痛む。授乳中で痛み止めも飲めない。
また、慣れない子供の世話での腱鞘炎と乳腺炎を併発していた。
 

でも、身体のダメージだけではない。
更に辛かったのは妊娠、出産による体型の変化。
 

これは精神的なダメージが大きかった。

大きくなるお腹と、増える体重。
身体中が浮腫んだようになり、出産直前には体重が13キロ増えていた。
元々小柄だった為、自分でもショックなくらい大きくなっていた。
 

そんな矢先に負った顔の怪我。

 

流血に加えて腫れも広範囲で酷かったため、骨に問題がないか調べるため、この日は診察を受けたのだった。

 

「今撮影したレントゲン写真は、この後先生から状況の説明があると思います」

 

私はうなずく。

 

「……で、このお怪我なんですけどね。
外出されていて、ご自身でつまずいてアスファルトブロックの角に顔を強打された……と」
 

そうです、と私はまた相槌。

 

「その……ですね。もう少し詳しく状況を……。
お一人で転んだだけで顔がこんな大怪我になるなんて……。特に女性はまず
顔を庇うことが多いですし」
 

私は肯定も否定もせずに、じっと話を聞いた。

 

「それで。何かご事情があるならば、少しでもお力に、と思っていて」
とても気を遣い、言葉を選んでおられるようだった。
 

——どう答えれば……。出来れば詳細の説明は避けたい。

 

「あの……、違ったらごめんなさいね。違ったら本当に申し訳ないんですけど。
あなたのお怪我、他にも理由があるかも、と少し思って」
 

目の前の女性は、とても恐縮しながらも落ち着いた声色で、まっすぐ私を見据える。

 

思わず私は視線から逃れるように俯いて、頭をフル回転させた。

 

確かに他の人には怪我の原因は言いにくい……が。
これ以上、目の前の女性の時間を奪ってでも秘密にしておくようなことでは。
 

——と。このやりとりを振り返って、ようやく私は気がついた。

 

この怪我…… 何らかの被害を疑われている?!

 

「あの、もしかして、怪我の原因が、転んだのではなくて、誰かに負わされたものではとご心配いただいているんでしょうか…… ?」

 

「いえ……そう決めつけているわけでは」

 

「あぁ……本当に申し訳ないですが、正直に言いますとですね。
ちょっと人に言いにくい買い物をしていて……。
ちょうど ソレ を手に持っている時につまずいて、ソレ を庇ってしまい
まして……」
「え……、そんなに大切なもの?」
 

「チョコモナカジャンボです」

 

「アイスの?」

 

「はい。チョコが挟んである方です」

 

「え…… アイスを庇ったんですか?」
「出産後のダイエット中で」
「?」
「製造日が近い、モナカがパリッパリのを1人で1つ食べたくなって」
「それでお一人で買い物に?」
「すっかり太ってしまったので家族に言い出せなくて」
 

「えぇー!! それが原因?! アイスでこんな怪我ですか……」
「帰宅しちゃうと食べられないので、帰り道に食べちゃえ、っと」
「食べながら急いで帰途について?」
「やっちゃいました」
「あらら」
「でも転んでからも血塗れになりながら完食しました!」
「いやいや! お顔の傷、残るかもしれませんよ!
傷が残らないように治療してくれるクリニックがありますから!
そこも行ってください!」
 

ありがたいことに、良い皮膚科も教えてもらい、私の顔に痛々しく残った傷は、美容医療も扱う皮膚科での「謎のオレンジ色の光」の近距離照射と塗り薬で完治した。

 

また、私には他の変化もあった。
慎重に言葉を選びながら事情を聞き出そうとしてくださった看護師さんへの申し訳なさがパワーとなり、その後軽い食事制限と定期的な運動で、妊娠前の体重まで戻すことができたのだ。
 

アイス欲しさに負った怪我と、それによって体感した医療現場での配慮。

 

どこまでマニュアル化されているかわからないが、この世界で身を置く人は、怪我だけを診ているわけではないのだ。
医療人でありながら他人の家庭内の問題に関わることになったり、治療法が発見されていないウイルスで、自身が危険に晒されながらも、毎日患者と向き合ったり。
 

そう考えると、今は不要不急の買い物も我慢できる。

 

少しでも早く、外出できない状況が終息して、家族でチョコモナカジャンボを買いにいけるくらいの日常が戻りますように。

 
 
 
 

***
 
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2020-04-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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