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宗教の勧誘に疲れ果てたときに効く言葉


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記事:西部直樹(ライティング・ラボ)

私の本業はセミナーの講師なのですが、もう一つ別の顔も持っています。

私は何あろう、かの亜保駄羅教の教祖にして、開祖、そして布教係なのです。

亜保駄羅教をご存じない?

それはいたって残念なことですが、致し方ないです。
亜保駄羅教は秘密の宗教ですから。

なぜ、私がその教祖にして開祖、そして布教係になったのかというと
今をさかのぼること、ずいぶん昔、私が大学に入学した頃のことです。

私は北海道の東、キタキツネで少し有名になった町に生まれ育ちました。
その町はキタキツネと牛と豚と鶏と少々の人間しかいない、まったくもっての田舎でした。
その田舎から、北海道の道都、札幌の大学に進んだのです。
人口より牛が多いような町から出てきた若者には札幌は大都会でした。

大都会には誘惑が多かったです。
二十歳にもならない子どもには、それらの誘惑にはなかなか抗うことはできなかったのです。

ある日、地下鉄に乗っていたら、高校時代の同窓生にバッタリと会ったことがあります。
懐かしくいろいろと話をしていると、彼は
「都会はさ、いろいろ危ないこともあるじゃない、俺はこれを持っているんだ、するといろいろと守られるんだよ」といって胸元から、奇妙な形をしたペンダントを取り出してきたのです。
ほう、そんな力のある素晴らしいものなのかと、思わず見とれてしまうと、彼はたたみかけるように
「これから、このペンダントに力を込めてくれた方のところに行くんだけど、一緒に行ってみないか」
と誘うのです。
疑うことを知らない、穢れなかった私はほいほいとついていきました。
ついて行ってみたら、そこはなにやら武道場のようなところで、そこで彼は熱心にそのペンダントの来歴と効用、そして、いかにそこが素晴らしいことで、そこに参加すると私の未来は成功と幸せに満ちたもになるのか、その成功と幸せに満ちた人生が約束されることに比べたら、○○万円のペンダントが安いものであるのか、というようなことを説明したのです。
うう、成功と幸せか、悪くないかもしれないけれど、○○万円は学生には高過ぎるなあ、と逡巡していると
彼は、さらに追い打ちをかけるように
「ここに入ると、日本の秘密が全て書かれた門外不出の古文書が読めるのだよ」と誘うのです。
ちらりと見せてもらったその日本の秘密の全てが記された古文書、それは今から思うと真っ赤な偽書だったのですが、その時は、何か素晴らしいもののように光り輝いて見えたものです。

しかし、貧乏学生に○○万円はいかにも高く、丁重にお断りをして、そそくさとその道場をあとにしました。

大都会には、その手の誘惑は多く、その後も

イケメンの白人男性ふたり組から「ねえ、英語、勉強しない、タダよ」と声をかけられ、英語の勉強をネイティブから受けられるのは、魅力的だなと思って、のこのことついていったり、

大通公園でのんびりとしていたら、「聖書のこと勉強したくない?」と真面目そうな人から声をかけられ、当時アメリカや英国の小説を読んでいて聖書の知識があるともっと深く理解ができるのではと何となく思っていた私は、またしてもほいほいとついていってしまったり、

当時住んでいたアパートに、とても魅力的な女性がいて、その女性から聞こえる勤行を不思議に思い、なにげな立ち話をしているうちに、一緒に勤行をすることになりそうになったり

年上の声の魅力的な女性からの電話がかかってきて、ついほいほいと出かけていったら、「英会話のいい教材があるんだけど、いま、もう私次に移らないといけないので、今契約してほしいなあ」とわけのわからない理由で懇願されたので、ついはんこを押してしまったり(ちょっと違うか)

休日にアパートでぼんやりしていると、ドアがノックされ、開けてみると二人連れの女性から「あなた、この本読まない、いいことが書いてあるし、人生が素敵なものになるわよ」と誘われたり、

と誘惑に次ぐ誘惑なのでした。

「ねえ、わたしとおつきあいしてください」とか、「美味しいもの食べに行こう、おごりよ」とかのお誘いならいいのだが、そんなことは全くなく、いささか困り果てていた。

いろいろとお誘いしてくる人たちに中途半端ないい訳は通用しない。

「今忙しいので」といえば、「またあとでね」とくるし
「間に合っています」といっても「これは間に合うかどうかの問題ではなくて、あなたの人生をどうするか、ということなのよ」とたたみかけられるし、
「これから勉強しないといけないので」といっても、「じゃあ、勉強のお手伝いしてあげるわ」と言い寄られる始末……。
何とか穏便に、しかし、きっぱりとお断りすることはできないとか、と考えた末にたどりついたのが

亜保駄羅教である。

普通に「いやあ、うちはカトリックですので」とか「禅宗なんだよね」とかいっても、宗旨替えを迫られそうである。ならば、二度と私と関わり合いになりたくないような、そんな理由があればいい。
私が怪しくもいかがわしいものに関わっているとなれば、もう、お誘いは来ないだろうと。

もし、お誘いがあったら、

「ああ、残念です。私はこう見えて、亜保駄羅教の教祖にして開祖、そして布教係なのです。どうですか、一度私の亜保駄羅教についてお話を聞きませんか? 今なら入信料も、月々のお布施も、タダです。ただし、教祖にして開祖、そして布教担当係の私が、あなたに特別に肉筆教典を書きます。心を込め、入魂の一冊にします。これを肌身離さず持てば、五穀豊穣、家内安全、交通安全、祈願成就、難関突破、試験合格が望めるかもしれません。あなただけの一冊なので、少々高くて、1億円するのですが、この世で唯一無二の一冊ですし、五穀豊穣、家内安全、交通安全、祈願成就、難関突破、試験合格、さらに身体壮健、精力絶倫もつけます。今なら、あなたにだけ、特別価格……」
とここまで聞いたら、逃げ出すのではないか、と目論んだのである。

さらに、もし、教義はなんだ! とか詰め寄られたら困るので一応考えた
「あるがままに受け入れよ」
である。
我ながら、意味深い教義である。
この教義を思いついたのは、しゃれからの転用である。当時よく読んでいた「びっくりハウス」というサブカル雑誌に投稿するため「なすがママなら、キュウリはパパ。あるがママなら、ないがパパ」というつまらない地口を思いつたか、誰かのを読んだのである。

準備は万全。あとは、実践あるのみ。
いつでもこい!
と待っていると、来ないものである。
爾来、30年余。
最終兵器、亜保駄羅教を使うことはなかった。

というか、使えなかった。
数年に一度は、お誘いはあったのだが
「いやあ、その、あれですよね。○#$%&」といって、うやむやに終わらせてしまったのだ。
我ながら、へたれである。

抜くことのなかった伝家の宝刀であるが、適当に作った教義は心に残っている。
時として、その言葉が思い出されるのである。

最近、厳しい局面に陥った時、自ら作った教義を思い出し、自らを鼓舞したことがある。

ある日、妻に「なあ、一眼レフが欲しいねえ。今のデジタルカメラは、ずいぶん年代物になったし、スマホではなかなかねえ」と、やんわりとお伺いをたててみた。
天狼院書店のフォト部の活動を見ていて、その昔、銀塩の一眼レフを手に下手な写真を撮り、レンズやフィルターにお金を注いでいたカメラおじさんの血が、少し騒いでしまったのである。

しかし、銀塩の一眼レフに凝っていた頃と比べると、子どもたちの教育費はかかっているし、家のローンもある。
老後の資金もと、なかなか厳しい。
ほいほいとは買えない。なので、お伺いである。

先方からは、キッと厳しい声でこう下命がなされた。
「ダイエットに成功して、家が片付いたらね」
むむ、条件付きか。
ダイエットはここしばらくの課題である。
メタボでは健康に悪いので、標準体重に戻すことが求めうられているのだ。
しかし、なかなか、体重というものはしぶとくて思うように減ってはくれない。
だから、飴と鞭というか、目の前ににんじん作戦ということなのだな。
一応目標体重に達したら、そして、片付けが終わったら、買えるのだ。
一番の課題は、体重だ。

こうして、ダイエットに励まざるを得なくなった。
食事を抑えるのは、なかなか難しい。
ならば、消費を増やすしかない。
ということで、朝の散歩をはじめた。
近くの公園をぐるりと歩くだけなのだが、この公園に鉄棒とか、雲梯とかがある。
歩いているだけではヒマなので、ふらりと鉄棒にぶら下がってみた。
むかし、懸垂は得意だった。軽々と数十回こなしたものである。
軽々と体を持ち上げ、数十回とは行かなくても、十回以上はできるのではないかと思った。

しかし

ぶら下がっただけである。
ぴくとも体が持ち上がらない。
なんてこった。
昔の十代の頃の栄光は数十年で霧散してしまっていたのだ。

こんなはずではない、と思っても仕方ない
このとき、自分の作った教義が、数十年ぶりに脳裏をよぎったのである。

今の自分を、状態を、ぶら下がっているだけ、ぶら下がるだけですら早々に手放してしますという現実を
「あるがままに受け入れよ」

筋力は落ち、体重は増え、へたれになった中年というか初老の自分を受け入れるのだ。

今ここにあることを認めて、そこから、筋力を鍛え、体重を減らしていくしかないのだ。

おお、我ながらなかなかいい教義を思いついたものだ。
適当に作ったものだけれど、適切な教義であった。

まあ、受け入れたからといって、急に体重が減るわけではない、というのが辛いところだが。

「あるがままに受け入れる」というのは、思いの外、重要なことなのではないか。
あるがままに受け入れることができないから、人は迷い、戸惑い、怒りすら覚えるのではないか。
このような素晴らしい教義を思いついた、過去の自分に敬意を表したい。

さて、ということで、

「今なら、亜保駄羅教は入信料も、月々のお布施も、タダです。
ただし、教祖にして開祖、そして布教担当係の私が、肉筆教典をあなたのためにだけ書きます。心を込め、入魂の一冊をお渡しします。
これを肌身離さず持てば、五穀豊穣、家内安全、交通安全、祈願成就、難関突破、試験合格が望めるかもしれません。
あなただけの一冊なので、少々高くて、1億円するのですが、この世で唯一無二の一冊ですし、五穀豊穣、家内安全、交通安全、祈願成就、難関突破、試験合格、さらに身体壮健、精力絶倫、健全経営、利益増大もつけます。
今なら、あなたにだけ、特別価格で……」

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