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何度でも繰り返そう


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記事:谷中田千恵(リーディング倶楽部)

 
 

出会いは、国語の学力テストだった。

 

現代文の問題文として載っていた文章が、あまりにもきれいで、解答することもすっかり忘れ、夢中になった。
「池澤夏樹」という作者を必死で覚え、放課後、急いで図書館に駆け込んだ。
結局、問題文の小説は見つからなかったが、棚にずらっと並ぶ、たくさんの著書を見つけた。
 

その日から、私の高校生活は、池澤夏樹の世界、一色になった。
毎日、毎日、図書館に通い、むさぼるように読み漁った。
読めば、読むほど、その世界に引き込まれていく。
 

特に、自然を描写する表現に夢中になった。
単純に目に見えた景色を描くのでは無く、どこか科学の香りのする独特の表現だ。
池澤先生の描く霧は、冷えた空気に水分が蒸発していく過程まで見えるようだったし、夜空の星は、その惑星が何億光年先に存在するかまで感じられた。
 

とうとう図書館中の池澤作品を読み尽くすという頃、最後に出会ったのが、「スティル・ライフ」だった。

 

とても短い青春小説だ。
主人公は、定職にもつかず、日雇いバイトで毎日を過ごす青年。
その青年が、ある男に出会い、徐々に宇宙や微粒子など、日常生活とは離れた世界へと熱中していく。
 

物語の中で、主人公の青年は、静かに自分自身を見つめ、淡々とまっすぐな言葉で自分自身を語る。
その姿に、私は、自分の幼少期を思い出していた。
 

私は、一人遊びの好きな子供だった。

 

保育園での記憶のほとんどは、砂遊びだ。
お遊戯の時間も、お絵かきの時間も、先生の声を無視して、私はずっと砂場にしゃがみ込んでいた。
みんなで新しい歌を覚えるよりも、お友達とおままごとをするよりも、一人でいるのが好きだった。
 

一人でいると、たくさんのことを妄想した。
ある時は、自分は、秘宝を探すために生まれた考古学者なんだと信じ、庭中に穴を掘った。
また別の時には、私の周りにいる大人は、みんな同じ一人の人間が演じているんだと考え、いつか正体を暴いてやろうと目論んだ。
 

友達がいないことなんてちっとも寂しくなかった。
自分自身が、楽しいと思うことだけを考えて、一日中過ごすことができた。
ずっと自分自身とおしゃべりをしていたので、一人の時の方が、賑やかだと感じていた。
ましてや、まわりにどう見られているかなんて、考えたこともなかった。
 

ところが、年齢を重ねるにつれて、そんな私にも協調性が生まれた。
人並みにも友人ができ、人の目が気になるようになっていた。
高校生の私にとって、一人きりでいることは、恥ずかしいことだった。
誰かと一緒でなければ何もできない。
もちろん、自分自身とおしゃべりすることなどしなくなっていた。
 

なんとも言えない息苦しさを感じていた。
こんなことをしては、あの子はどう思うだろうか。
これは、内申書に響くだろうか。
もしかしたら、両親はいい顔をしないかもしれない。
いつも誰かの顔色を伺い、いつも誰かの言葉を借りて、いつも誰かの気持ちで生きていた。
本当の私なんて、いや、本当の私があることすら、すっかり忘れてしまっていた。
 

「スティル・ライフ」の静かな空気は、小さな頃の「一人の時間」を思い出させてくれた。
懐かしくて、とても親しい大好きなあの時間。
 

その時間の中にいれば、私は、無敵だった。
誰の目の気にすること無く、大好きなことだけに夢中になれる。
好きなものを、誰にも邪魔されず、好きだと言える。
「良い」も「悪い」も、誰かの評価は私の耳には届かない。
嫌なことには、NOを言い、気持ちのいいことだけ受け入れればよかった。
本当の自分を偽る必要など、どこにもない。
誰の言葉も聞かず、誰の顔色も伺うことなどしなくていい。
いつも心は穏やかで、とても静かなあの世界。
 

思い出すと、突然、呼吸が軽くなった気がした。

 

あれから、20年の月日がたつ。

 

今でも、息苦しく感じることは多い。

 

自分自身を見失う時。
自分の気持ちが分からなくなる時。
外の世界と折り合いがつけられなくなる時。
 

そんな時、私は、いつでもこの本を開く。

 

開くたびに、私は、「一人の時間」に立ち戻る。
ここには、私がある。
嘘偽ることのない、私だけが知る、本当の私。
 

そのことに、何度も、何度も救われてきた。
そして、これからも、何度も、何度も救われることになるだろう。
 

擦り切れては、買い替えてを繰り返し、今手元にある文庫はもう3代目だ。
残りの人生で、何度買い替えることになるだろう。
 

何度でも、繰り返そう。

 

そして、繰り返すたびに、この本に出会えたことを感謝したい。

 

〈この一冊!〉
スティル・ライフ
(中公文庫)
著者:池澤夏樹
出版社:中央公論新社
 
 
 
 

 
***
 
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2020-04-22 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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