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メディアグランプリ

単調な仕事で、毎日新しい世界につながる小さな扉を開く

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:柴沼由美子(ライティング・ゼミ平日コース)

 
 

「万歳!」
その瞬間、上司は両手を挙げて叫んだ。ファクシミリに吸い込まれた紙がイタリアに届いたことを示す「Milan」の文字が液晶に浮かび上がっていた。
「よかった」
私はほっと胸を撫で下ろした。
日本は午後5時、イタリアは午前9時頃だ。今この瞬間、イタリアのファクシミリから同じ文章が書かれた紙が吐き出されている。
「すごいなあ、イタリアに今、届いちゃったんだ」
小さな事務作業の一環だが、なんだかとてもすごい経験をしたように感じていた。

 

昭和60年、私は新人の事務職員として大学に勤務していた。インターネットなどない、パソコンもない、伝票類は手書きでカーボン紙を挟んで写しをとる。海外との連絡はたいがいエアメールを使う。英文タイプにレターヘッドをセットし、タイプ音を響かせて仕事をしていた。
そんな環境の中で初めての海外へのファクシミリ送信だった。ところが何度送ってもエラーになってしまう。
取説を何度も見直し、間違いのないことを確認するのだが、どうしても送れないのだった。
ファクシミリの海外送信は当時誰も経験がなく、聞く相手もいない。テレックスも所属部署にはなかった。困り果てながら上司と検討を重ねた。
今からでもエアメールにしよう、遅くなるけどこのまま送れないでいるよりましだ、という結論に落ち着きそうになったとき、ひらめいた。
「もしかして、時差があるせいではないでしょうか。勤務時間外は電源を切っているので通じないのかもしれません」
上司は少し考えて
「そうかもしれないね」
といい、私たちは日本とイタリアの時差を調べ始めた。日本での勤務時間とイタリアの勤務時間が重なる時間帯を探したのだ。その結果、日本の午後5時がイタリアの午前9時であることがわかった。ギリギリの線だ。
「午後5時に決行しましょう」
 

午後5時、私達は決然とした表情でファクシミリのあるコピー室に向かった。間違いがないように上司が電話番号を読み上げ、私が入力する。スタートボタンを押す。まるでロボット物のアニメの主人公が武器を放つボタンを押すかのように。
失敗したところで地球は滅亡しないが、次に打つ手は見つからないので背水の陣であった。
ファクシミリは無事に役割を果たした。小さな仕事だった。が、大きな仕事を成し遂げたときのような高揚感があった。新しい世界に向かって小さな扉を開けたようだった。
 

あれからOA機器は発展を続け、今ではファクシミリなど使用することはなくなった。部署に3台あったタイプライターは大きなワープロにとって代わられ、やがて一人一台のPCが机の上に置かれるようになった。手書きの伝票も姿を消し、電子ファイルに入力したものを印刷するようになり、さらに決済自体が電子化されるようになった。伝票を持ってあちこちの部署を駆け回ることはもうない。控えを保存する手間も省けるようになった。仕事を取り巻く環境はどんどん変わっていった。

 

次から次へと新しいOA機器が登場する。特にインターネットの発達とともに、昔は考えもしなかった世界がどんどん目の前に広がってくる。変わらないのは新しいシステムが導入されるたびに感じるワクワクと、初めて操作したときの高揚感だ。初めてファクシミリで海外とつながったときに感じた気持ちと同じだ。
「こんなことができればもっと間違いが減るのに」
「こうなればもっと楽で速いのに」
頭の中で密かに夢見ていたことが現実になった、その最初の瞬間を感じるのが楽しいのだ。
ボタンを押す。瞬時に処理されたことが画面の中に示される。
「すごいなあ」
一人心の中でつぶやく。
 

新人の頃からずっと同じ仕事をしてきた。出世とは無縁のノンキャリア組だ。
同じ仕事を違うツールを使ってすることで、今までのやり方が通用しない面がある。
一方で、便利になる前を知っているからこそ、便利なツールの使い方に精通することもできる。
「ここがこうだったらよかったのに」
「ここは便利になったなあ」
これが常に頭にあるので古いものと比較しながら覚えたり、工夫したりができるのだ。
雑用ばかりでつまらない仕事、と一般に思われている事務系のOLを長く続けてこられたのは、その面白みのためだと思った。
単調であるからこそ、変化が見えるのだ。
 

5年後の令和7年、私は定年退職を迎える。
これからの5年間でどれだけの変化を見届けることができるのだろう。
その5年間をどんな気持ちで過ごしていくのだろう。
その変化は不安でもあるが、また楽しみでもある。
 
 
 
 

***
 
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2020-04-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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