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メディアグランプリ

虹に逢いに行く


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:中川 南慧(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 

シカクいアタマをマルくする。

 

「あ、この広告は、今でもあるんだ……」
久しぶりに見たような気がする。とある進学塾の電車広告だ。
今の子供たちなら、きっとすぐに閃くのだろう、算数の問題が書かれている。

 

外出自粛のこのご時世だが、私はとある用事で電車に乗っていた。
人影まばらで、寂しげな街を眺めながら、先ほどの広告を思い出す。

 

シカクいアタマをマルくする。
しばらく見つめていたのだが、何も閃かなかった。
子供の頃なら、きっと簡単に解いていたはずなのに。
私は、数学は苦手だったけれど、算数はそれなりにできていたような気がする。

 

いつの間に、こんなに固い頭になってしまったのやら。
いつからこんなに、ひらめきが鈍い頭になってしまったのだろう。
私は、記憶をたどってみる。

 

タタン、タタン。タタン、タタン。
電車が走る音が、過去へのカウントダウンをしているようで、心地がよかった。

 

タタン、タタン。タタン、タタン。
そうだ、あれは小学校の4年生の頃だったっけ。
割り算の授業を、初めて勉強した日のことだ。
 

その日は、朝から雨が降っていたが、給食を食べ終わる頃には、すっかりやんでいた。
午後の算数の時間、窓辺の席にいた私は、何気なく空を見上げた。
するとそこには、それまで見たことのない程に大きな虹が2本も架かっていた。
 

「えっ! 虹!? 虹が2本も見える! すごい! こんなの初めて見た!!」

 

子供の私は、思わずそれに見とれてしまった。
青く晴れた空に虹が架かること自体が珍しいのに、それが2本も見えていた。
 

退屈な算数の授業のことなど、すっかり頭から消えてしまい、刻一刻と変化する虹の様子を、瞬きもせずに見つめ続けていた。
黒板に描かれる数式よりも、七色に光る天体現象に、私はすっかり心を奪われていたのだ。
 

ヒュッ! ……カッツーン!!

 

「いったあ!!」
担任の先生が、私にめがけて投げたチョークが、右側頭部に命中。
(今なら児童虐待で、きっと大問題だ)
 

「立ちなさい。大切な算数の時間に、先生の話を聞かないで、上の空とはどういうとこですか!?」

 

「あ、あのっ、上の空じゃなくて、あのっ、そ、空の上に、見たこともない大きな虹が
2本もあって……。その、それを見ていました。すみませんでした」
チョークの粉を払いながら、当たってずれた眼鏡を直しつつ、おずおずと席を立ちながら言う。
 

「その虹は、今みないとだめなのですか? 今説明した、黒板のこの問題を解きなさい!」
担任は、怒鳴り続ける。教室が静まりかえり、クラス中のみんなの視線が、私に集まる。
 

「せ、説明を聞いていなかったので……。その、わ、わかりません。ごめんなさい……」
怯えながら謝る私に、担任はさらに怒鳴る。
 

「聞いていなかったから、わからない? そんな当たり前のことしか言えないのですか。
先生に口答えするなら、もっとマシな嘘をつきなさい。どこに虹が見えるというのですか!?」
 

はっ! と、我に返り空を見上げると、さっきまであれほどくっきりと見えていた2本の虹は、もう消えてしまっていた。怒鳴られていたのは、きっとわずか数分だったはずだ。
そのほんの数分の間に、跡形もなく2本の虹は消えてしまったのだ。
 

悔しかった。
先生の板書なら、またいつでも書けるし、説明だって何度でも聞けるのに。
さっきのあの虹は、あの一時の間にしか出逢えなかった奇跡だ!
同じ虹は、もう二度と見ることはできないのに!!
 

それに、私は嘘なんかついてない!
授業中によそ見をしてしまったのは、いけないことだったとは思う。でも、嘘じゃない!!
悔しくて唇をかみしめていたら、自然と涙が溢れてきた。それを見た先生は、さらに怒鳴る。
 

「反省していないのですか? 泣けば許されるとでも、思っているのですか!」

 

その声は廊下に響き渡り、たまたま近くを歩いていた、ある先生の耳にも届いていた。
しばらくして、その先生は静かに教室に入ってくると、怒鳴り散らしている担任の肩に静かに手を置いた。
 

「はっ! こっ、校長先生!?」
そこに立っていたのは、優しげな笑みを浮かべた校長先生。
その校長先生が、静かにおっしゃった。
 

「校庭にまで、先生の声が聞こえていましたよ。算数の時間に、それほど大きな声は要らないですよね。落ち着いてください。子供たちが怯えていますよ。」

 

担任は、バツの悪そうな顔をしつつ、お前のせいだと言わんばかりに、私を睨む。
その目つきの怖さに、私はさらに肩をすくめて小さく固まってしまった。
それを見た校長先生は、私に近づき、頭をポンポンとしながらおっしゃった。
 

「先ほどの虹は、本当に大きくてきれいでしたね。2本も見ることが出来ましたね。
このクラスで、それに気がついたのは、あなただけですか?」
 

涙を袖口で拭いながら、私は俯いたまま一言だけ、「・・・・・・はい」と答えた。
校長先生は、続ける。
 

「授業中によそ見をするのは、あまり誉められることではありませんが、先程のあの大きくてすてきな虹を見ることができたのは、この学校の中では、私とあなただけだったかもしれませんね。
きっとあなたは、とても運がいい子なのだと思います。あの虹は、いつも頑張っているあなたへのご褒美だったんじゃないかな。私はそう思いますよ。だからまたいつか、あの虹に逢えるように、これからは、あまりよそ見をせずに、勉強を頑張りなさいね」
 

「こ、校長先生! 本当に、本当に私はあの虹を、また見ることができますか!?」
校長先生を真っ直ぐ見つめて、私は半分泣きながら尋ねてみた。
 

「ふむ、そうですね。もしあなたが、これからも色んな勉強をしっかり頑張ることができたなら、今度はあなたが、あの虹に逢いに行くことが、きっと出来ると思いますよ。私が保証します」

 

校長先生は優しく微笑むと、もう一度私の頭に手をおいて、静かに教室を後にされた。
そこで、終業のチャイムが鳴り・・・・・・。
 

私の記憶は、その辺で途切れている。

 

タタン、タタン。タタン、タタン。
その後、それなりに勉強を頑張ることで、虹の原理を知り、気象現象を知り、太陽の角度や虹がでる角度、時間、条件などがあることを学んでいった。
 

タタン、タタン。タタン、タタン。
シカクいアタマをマルくする。
 

虹と出逢う。
それは単に、理科や算数だけでは、たぶんだめ。言葉や音楽、絵画など、美しいものを美しいと感じることができる「感性を養うこと」も、大切なのだ。
 

タタン、タターン。タタン、タターン。
電車の速度が次第に落ち、やがて駅に着く。あれから何度くらい、虹に出逢えただろうか。
あの日から、2本の虹が見えた時には、「私は運がいい!」と、自然に笑みがこぼれている。
 

結局、広告の問題は解けなかったけれど、忘れていた大切な記憶のひとつを思い出すことができた。そうだ、あの日から、虹は私の中では「特別なもの」に、なっていたんだ。
雨上がりには、あの虹に逢いに行こう。私の勇気の原点が、そこにあるから。
 
 
 
 

***
 
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2020-04-30 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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