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メディアグランプリ

たとえどんなに世界が惑っても、彼はまっすぐに進むだろう


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記事:河瀬佳代子(リーディング倶楽部)
 
 
世界のあらゆる場面が、崩れていっている。
去年まで、先月まで、昨日まではできたことが、できなくなっている。
 
誰もが目先の情報に恐れおののいている時に、それに惑わされず、全く動じない世界観などあるのだろうか。
もしあるとしたら、どんなものか、見てみたくはないだろうか。
 
今でもはっきり覚えている。
あれは、中学1年の時だ。
通学路に、7階建ての大きな書店があった。
本が好きだった私は、小学生の頃から、学校帰りにほぼ毎日そこに寄っていた。ただ寄るだけの日もあれば、立ち読みをすることもあり、また雑誌や本を買うこともあった。
 
別に寄るつもりもなかったけど、その書店の前を通ったらふらっと入りたくなったという日もあれば、「今日はあの雑誌の発売日だから買う!」と意気込んで寄る日もあった。立ち寄るジャンルも様々だった。小さな時は地下1階の児童文学コーナーが多かったが、だんだん大きくなるにつれて1階の雑誌コーナー、2階の文庫売り場、3階の実用書……と、色々と見て回ることが楽しくて仕方がなかった。
 
そんな、普通の寄り道になるはずだった日に、出会いがあった。
 
書店に入ってすぐ左側に、上に上がる階段がある。その日の私は階段を上がって2階に行った。文庫本の背表紙を眺めながら歩いていくと、あるタイトルが目に飛び込んできた。
 
その『アップル・サイダーと彼女』というタイトルに一瞬で惹かれ、パラパラとめくった。読むごとに新鮮な世界があった。ますます読みたいと思い、そのまま購入した。内容は、アメリカの様々な情景について書かれたエッセイだった。その片岡義男という著者が書いた文章が、とても気に入った。それからというもの、お小遣いが入ると彼の文庫本を買うのが習慣になった。自分の本棚には彼の本がずらりと並ぶようになった。
 
彼の作品は、何がそんなに魅力的なのだろうか?
まず、本のタイトルがどれも素晴らしい。耳慣れない外国語のタイトルはそれだけで想像を掻き立てられ、中を読むと魅力的なアメリカのあれこれであふれていた。そしてそこに描かれている人間関係は、どれもシンプルで美しい。雑多なもの、下劣なことが極力少なく、登場人物たちは皆、自分の足でしっかりと立っていた。
 
中学生で片岡義男の本に出会い、そこから20年ほど彼の新刊が出るたびに買い求めた。
しかし時を経るにつれて自分のことで忙しくなり、本を読む余裕がなくなってしまった。従って、彼の本からもしばらく離れていた。
 
世界的に「休業」している今、思わぬ形で時間ができ、そういえば片岡義男はどんな本を出しているのだろうかと思い出した。そして検索をすると、私が本から離れていた時期にも欠かさず彼は著書を出していた。今は80代になられたというのに、コンスタントに執筆されていることがとても嬉しかった。
 
ぜひ、最近の彼の本を読んでみようと思い、著作を調べた。
以前と変わらず、彼の著書はタイトルだけで読んでみたくなるものばかりだった。どれにするかとても迷ったが、その中から、『豆大福と珈琲』(2014 朝日新聞出版)を選んだ。
 
豆大福と珈琲?
 
この組み合わせで食べる人もいるかもしれないけど、普通はあまりない。豆大福なら煎茶、珈琲ならケーキがポピュラーなところだろうか。豆大福と珈琲とは、なんだかアンバランスな取り合わせだ。しかしながらとても面白そう、一体どんな内容なのか? 実にイマジネーションを刺激されるタイトルだ。昔と同じように、私は夢中になって読み始めた。
 
そこには、紛れもなく片岡義男の世界があった。昔の著書に多く出てきたアメリカが舞台の本ではないのだが、きちんと日本のことを描いていた。彼が好きな日本の街角は細部に至るまで描かれ、目の前に浮かび上がった。まるで動画のように。
 
登場人物たちは、昔の作品から変わらず、誰もが皆自分の世界を持ち、きっぱりと自立している。潔いほどにまっすぐに目標に向かい、無駄がない。そのシャープさは、読者が生きる世界では実現することが難しいからこそ、憧れてしまう。
 
その憧れの世界の中には、わずか7歳の子どももいる。7歳なのに、こんなにも自分の進むべき道をわかっている人がいる。
こう書くと、「そんなこと、ありえない!」と思う人もいるかもしれない。実社会で、この子のように達観している7歳を見つけることは非常に難しいと思うが、これまで片岡義男が生きてきた世界にだったら、その思考回路の7歳は存在しているような気がしてならないのだ。
 
いつ、どの作品を読んでも、清々しいほどに一貫している。それが片岡義男の世界観だ。この先、たとえどんなに世界が惑うことがあったとしても、彼の編み出す世界だけは1ミリの狂いもないような気がする。読むたびに深くすっきりした珈琲のように頷き、心地よさをもたらしてくれる世界だ。
 
 
 
 
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2020-05-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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