メディアグランプリ

怒るほうがバカなんだよ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:Aya Fukuhara(ライティング・ゼミGW集中コース)
 
 
私はそこそこ几帳面な方である。
A型だし、玄関で靴は揃えたいし、本は巻数が順番通りに本棚に収まっていないと気持ちが悪い。
仕事でも、資料の正確性には特に気を配っていた。クライアントにミスがある資料を提出するわけにはいかない。その点は社内でも評価されている、と思っていた。
 
「またここ、誤植があります。 送る前にチェックしてくださいと何回言ったらわかるんですか? 修正してください」
「Sorry、修正して明日送ります」
「もう締め切りを過ぎているので今日対応してください! こんなに間違いが多いのは困ります!」
 
私が務める出版社では、新しく出版する英文雑誌の編集をフィリピン支社のスタッフが対応していた。販売は日本で行うため日本支社の私も関わる。本来は編集のことまでに口を出す立場ではないのだが、誤字脱字があまりにも多く、このままでは出版できない。
やむを得ず日本支社でも校正をして修正点を指摘することにした。
 
18時。修正を今日中に上げてほしいという要望に対して返信は来ない。
時差1時間のフィリピンでは17時。定時なのでもう帰ってしまっただろう。
ため息をついて担当者の上司にメールをする。
担当者がもう何度も同じミスを繰り返していること、日本でチェックをする手間が増えて無駄な時間がかかり、納期に支障が出ていること、フィリピン支社の方で品質を担保できるチェック体制を整えてほしいこと。
以前も同じようなメールをしたのだが、状況は改善されていない。
 
翌日昼過ぎになってようやく修正原稿が送付されてきた。
今度は違うところに誤植があった。
 
フィリピン支社との仕事に疲弊していた頃、休暇でタイのプーケットを訪れた。
スキューバダイビングのライセンスを取るためだ。
ダイビング講習が終わり、タイに10年住んでいるという日本人インストラクターとビーチでビールを飲みながら過ごした。
「やっぱりタイは最高ですね! ストレス忘れる〜!
ご飯美味しいし、タイの人はみんな優しいし!」
「タイ人は日本人と違って滅多なことで怒らないからね。
そういえば、タイって信号少ないから道路渋滞するし割り込みも多いけど、怒ってクラクション鳴らす人いないって気づいた? 怒るほうがバカだと思ってるんだよ」
「へぇー、おおらかで良いですね! さすが南国!」
 
ホテルに戻ってiPhoneを見ると、会社の同僚からまたフィリピン支社で作成した原稿に誤植があり、納期が遅れるとメールが入っていた。
帰ったらまた上司に苦情を入れよう、そう思った瞬間さっきの会話が頭をよぎった。
「怒るほうがバカなんだよ」
 
もしかして、私が怒ってメールして、バカだと思われてる? でも、仕事はちゃんとやらなきゃいけないし、私が言ってることは間違ってないよね? 悪いのはあっちだし……
 
「怒るほうがバカなんだよ」
帰国してからもしばらくこの言葉が頭から離れなかった。
今日も例によって間違いだらけの原稿が送られてくる。
先週も言ったばかりなのにー
イライラしながら差し戻しのメールを書き出して、ふと手をとめた。
書いたものを消去して、時間をかけてこう書き直した。
 
「いつもプロジェクトのために頑張ってくれてありがとうございます。おかげで助かっています。
送っていただいた原稿ですがハイライトした部分の修正をお願いします。
作業で不明なところはありませんか? 私達にできることがあれば教えて下さい」
 
次もやっぱりミスはあった、でも返信が少し違った。
「また間違いがあってすみませんでした。今日中に修正します。
締め切りの○月○日までには必ず他のページも終えて最終版を完成させるので、心配しないでください」
 
目を疑った。あちらから締め切りについて言及してきたのは初めてだった。しかも、遅れないと言ってくれている。
 
ミスはまだあったけれど、それから少しずつ減っていった。
半年が経ち、もうフィリピン支社から送られてくる原稿にミスはない。
こちらが気づかなかった誤植や用語統一にも気がついて先回りして対応してくれるようになった。もう日本支社でダブルチェックすることはない。
 
変わったのは、私が怒らなくなってからだ。
よく考えたら、どうしても怒らなければいけない状況ってそうそう無い。
雇い主でもないのにミスを何度も指摘して、責めるようなメールを送ってくる人の言うことを聞きたくない気持ちもわかる。
怒らずに感謝と敬意を込めてコミュニケーションを取れば、あちらも真摯に対応してくれるのだ。
 
それから仕事でイライラしたり、怒りそうになると、まずこの言葉を思い出すようにしている。
「怒るほうがバカなんだよ」
 
 
 
 
***
 
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2020-05-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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