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マインドフルネスカレーのつくり方


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:高橋実帆子(ライティング・ゼミ特講)
 
 
玉ねぎに包丁を入れたとき、「あれ?」と思った。
 
いつもと何かが違う。
私は首を傾げた。
近所のスーパーで買った、何の変哲もない、ごくふつうの玉ねぎである。
いったい何が違うのか、確かめるように、少しゆっくり切ってみる。
 
ざりざりと包丁の刃が繊維を断ち切る感触があり、薄く切れた玉ねぎが、まな板の上にぱたんと倒れた。白い断面がきれいだった。
「ああ、気持ちいいな」と私は思った。
 
――気持ちいい?
 
自分で自分の感覚をいぶかしく思った。
ふだんの私は「料理なんて面倒くさい。できるだけ早く終わらせたい」と思っているからだ。
子どもの世話をしながら家で仕事をしていると、慢性的に時間が足りない。料理を含むすべての家事は「効率化すべきタスク」。楽しさや心地よさが入り込む余地はない。
 
洗濯物を干す時間を短縮するためドラム式洗濯機を購入し、食器を洗う時間を節約するため食洗器を設置した。ロボット掃除機は、掃除機をかける時間を短縮してくれた。日々献立を考え、買い物に出かける時間がもったいないので、カット済みの食材と調味料、レシピがついた「料理キット」を届けてくれる宅配サービスを利用することにした。
 
料理キットを使うようになって、「食品ロス」が格段に減った。使いきれなかった食材や調味料を捨てる罪悪感がなく、プロが監修したレシピなので味も間違いない。食材はちょうどいい大きさにカットされているので、調理時間が短縮できる。何よりも、毎日の献立に頭を悩ませる必要がない。冷蔵庫を開けて、「今日はどのセットにしようかな」と選ぶだけで、ほとんど何も考えずに夕食が作れるのは、仕事が立て込んでいるときには本当に助かる。
 
長いあいだ、平日の夕食は料理キットを利用していたのだが、件のウイルスの影響で宅配サービス会社に注文が殺到し、いつもの料理キットを受け取ることができないという事態が発生した。
 
ほとんど空っぽの冷蔵庫を開けて、私は恐怖を感じた。
もう何年も料理キットに頼りっぱなしで、1週間の献立を考えて買い物をし、料理をするという作業をしていない。子どもの世話と仕事をしながらそんな面倒くさいプロセスをこなすなんて、考えただけで気が遠くなりそうだ。
 
でも、仕方がない。ないものはないのだ。
一日中「お腹が空いた」と騒いでいる食べ盛りの息子たちの胃袋に、とにかく何かを入れなければ。
 
困ったときは、とりあえずカレーだ。
簡単に作れて、確実においしい。
余ったら冷凍しておけば、何日分かのおかずになる。
 
厳戒態勢のスーパーへ行き、玉ねぎとにんじん、じゃがいも、鶏もも肉を買ってきた。わが家では、カレーといえばチキンカレーだ。
玉ねぎは最低2個。薄切りにして、バターであめ色になるまでじっくり炒めるのがコツだ。思い立って、野菜室の隅でしなびかけていたニンニクとショウガも鍋に入れる。いい香りがたちのぼる。
 
無心で玉ねぎを炒めながら、私はまた「ああ、楽しい……」とうっとりしている自分を発見した。
そして思い出した。
ひとり暮らしをしていたころ、仕事に疲れて帰宅すると、深夜営業のスーパーへ行って肉や野菜を買い込み、スープやドライカレーなど冷凍保存できる料理を作った。
新鮮な野菜に触れると、手から野菜の生命力が身体の中に入ってくるような気がした。
 
人間相手の仕事はままならなくても、料理は裏切らない。レシピに忠実に作れば必ず美味しく出来上がる。くたくたに疲れて帰ってきた夜、あたたかい手作りの料理を食べると、ひとり暮らしの寂しさも、仕事の辛さも忘れられる。
さまざまな料理本を買い集めて世界各国の料理を作り、時には友達を家に招いて手料理をふるまうこともあった。
そうだ。本当は私、料理が好きだったんだ。
 
けれど結婚して子どもが生まれ、育児と仕事の合間を縫って毎日毎晩作り続けるうちに、いつしか料理は楽しみではなく、単調な日々のルーティーン、時には憂うつを感じる義務に変わっていった。
カット済みの食材を炒めるだけで完成するおかずは、効率的でとても便利だ。でも、集中して野菜を刻むときの気持ちよさや、料理が出来上がったときの達成感まではパッケージに入っていない。
慌ただしい日々の積み重ねの中で、「一から作るプロセスを楽しむ」という贅沢を、私はすっかり忘れていたらしい。
 
「ねえ、お母さんごはんまだ?」
「ちょっと待って! 今、いいところなの」
 
玉ねぎを焦がさないよう、ときどきかき混ぜながら、にんじんとじゃがいもの皮を剥く。鶏肉は煮込む前に焼き色を付けて、カレー粉で軽く風味をつけておく。ちょうどいいタイミングで仕上がるよう、段取りを考えながら作業していると、頭が空っぽになる瞬間が訪れる。
これ、何かに似ているなあと手を動かしながら考えていて、「マインドフルネス」だと気づいた。
 
マインドフルネスとは、「今、ここ」に意識を向け、今していることに集中する心の状態のこと。世界の名だたる企業やトップアスリートが、マインドフルネスの瞑想法を取り入れている。日常生活に取り入れることで、集中力や創造性が高まったり、ストレスが軽減されたりする効果が注目されている。
 
現代人の日常には多くのタスクがあるから、時間を効率的に使ったり、無駄を省いたりする工夫は欠かせない。
でも、一見無駄に見える時間の中には、あえてペースを落としてじっくり味わうことで、人生が豊かになるプロセスも含まれている。
 
たとえば、新鮮な食材を選び、心を込めて作った料理を、家族で味わう。
TVを消し、スマホもオフにして、大切な人とゆっくり話をする。
公園で足を止め、ぼーっと木を見上げて過ごす。
 
わずかな時間でも、そうやって「今、ここ」に生きる練習をすることが、特に現在のようにストレスフルな状況下では、心身をリセットする働きをしてくれるのではないだろうか。
 
「おーい、ごはんできたよ!」
刻んだトマトやハチミツ、香辛料なども加えた渾身のマインドフルネスカレーが、ついに出来上がった。
「やった、カレーだ!」
匂いでメニューを察知した子どもたちが、食卓に走ってくる。
「お代わりもあるからね。たくさん召し上がれ」
「いただきます!」
子どもたちの皿が、あっという間に空になっていく。作った食事を「おいしい、おいしい」と喜んでもらえる達成感も、料理の醍醐味だ。
 
料理をおいしくする最高のスパイスは、何といっても、作る人が、そのプロセスを心から楽しむこと。1日3回、毎日作り続けることに疲れてしまったら、便利な料理キットや、テイクアウト、デリバリーのサービスも活用して、ちょっと休憩しよう。
そして、「よし、今日はマインドフルネスするぞ!」という日は、プロセスを楽しみながらゆっくり料理をする。ほどほどに力の抜けたそんな感じが、長続きの秘訣かもしれない。
 
「おかわり!」「僕も!」
次々差し出されるお皿に、笑いながらごはんをよそう。どうやら私が食べ始める前に、炊飯器が空っぽになりそうだ。
 
さて。次のマインドフルネスデーには、何を作りましょうか。
 
 
 
 
***
 
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。
 

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2020-05-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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