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父はミステリー


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:岡 幸子(ライティング・ゼミ 特講)
 
 
「ほら、まだこんなに絞れるよ」
 
それはないでしょう、と子供心に思った。
4,5歳の頃だったと思う。銭湯で父にお湯をたっぷり含んだタオルを渡され、どれくらい絞れるかやってごらんと言われた。
全力で、力いっぱい絞った。
ちょっと誇らしいくらい頑張った。
父は、私が絞ったタオルを受け取ると、それを半分にし、さらに半分にし、手の中でもうそれ以上折りたためないくらい小さくしてから、両手で押した。
 
水滴がポタポタと垂れた。
それを自慢された。
 
当たり前だ!
大人の男がそんな風に力いっぱい押したら水滴も垂れるでしょう。
でも、それは絞るのとは違うでしょう。
そのやり方で自慢するのはおかしいよ。
子供相手に、この人一体何を自慢してるんだろう?
 
それが、私が父をちょっと変わった人だと認識した最初だった。
 
小学生になって、それは確信に変わった。
父が生命保険に入らないので母が嘆いていた。
 
「死ぬのを待たれているようで嫌だから保険には入らない」
 
それが父の言い分だった。
なかなかそういう父親はいない。変わっている。
 
はたから見ると、父の人生は驚くほど平凡だった。
仕事は郵便局員。高卒で働き始め、3度の異動もすべて都内。退職後も嘱託で65歳まで局員を続けた。家族は妻と娘が二人。出不精で、夏休みに妻の里帰りのついでに、近くの川でちょっぴり釣りができれば満足だった。私が結婚して子を持ち、三世帯旅行に誘うまで飛行機にも乗ったことがなかった。
 
変人で、面白味がなくてつまらないお父さん。
長いことそう思っていたけれど。
私は父の一面しか見ていなかった。
 
先日、ふと子供の頃に住んでいた家を思い出し父に聞いてみた。
「そういえば、昔、屋根裏にバイオリンがあったよね。あれ、どうしたの?」
「ああ、局の労音でオーケストラの音楽を聴いて、いいなあと思ったから自分で弾いてみたくなったんだ。それで買ったんだよ」
局というのは職場である郵便局。
労音というのは、職場の合唱団が母体で、当時全国的に広がった音楽鑑賞団体だった。
 
「バイオリンをいきなり独学で弾こうと思ったの?」
「教本を一緒に買ったから、できると思ったよ」
「難しかったでしょう?」
「いや、音は出るから、いい気分で弾いてたよ。そのうち、頼まれて人前で弾いたこともあったなあ」
 
自宅で一人でバイオリンを始める発想は私にはない。素人がバイオリンで出す音は、のこぎり引きの音に近かったのではないか。それを、いい気分で弾けて、人前で披露できてしまった父のメンタルがすごい。
 
「会場はどこだったの?」
「局の近くの空き地に小屋みたいな建物があって、そこで労音の演奏会をやることになってさ。誰か出さなきゃいけないことになったんだ」
「ふーん、何歳ごろの話?」
「就職してすぐの頃だよ」
「じゃあ、18歳?」
「いや、そんなにすぐじゃない。自分の家を建てて、一人だからバイオリンができると思ったんだからなぁ……働いて家を建てるお金が貯まってからだな」
 
父は五人兄妹の三男で、庭に10坪の土地をもらって独立した。昭和一桁生れの若者が建てた家なのでささやかだ。玄関入ってすぐに6畳の茶の間があり、引き戸の奥に2畳の台所。2階に上がるとすぐ4畳半、その奥に6畳の和室がある。洗面所と和式トイレが本家へつながる廊下の端にあって、風呂はない。一人で住むには十分だが、父はこの家で所帯をもった。私が中学3年になるタイミングで引っ越すまで、親子4人が2階の6畳間で寝起きした。バイオリンは、その部屋の天井裏に置いてあった。小学生の時に見つけて、試しに弾いてみたことがある。指に弦が食い込んで痛いし、耳が壊れるような雑音しか出なかった。あの時、父に頼んで演奏を聞かせてもらえばよかった。聞いていないので父のバイオリンの腕前は私には謎だ。
 
父との会話を聞いていた母が話に加わった。
「結婚して、聞かせてもらったことがあるよね。何だっけあの曲……」
「『禁じられた遊び』だな」
「上手だったよね」
 
二人で盛り上がっているけどちょっと待ってほしい。
「それ、ギター曲じゃないの? バイオリンで弾いたの?」
「ああ、そうだ。『禁じられた遊び』はギターだった。結婚した頃はギターをやってたから」
 
知らなかった!
つまらない奴だと思っていた父にそんな過去があったなんて。
 
自分の親のことはよく知っている気になっていた。でも意識して聞きださないと内面まではわからない。まるで古代遺跡の発掘のようだ。エジプトで毎日ピラミッドを見ている人は、自分はピラミッドをよく知っていると思うに違いない。でも、内部を探検してみたら、外からでは絶対にわからない発見が山のようにあるだろう。父の話を聞いて、埋もれた宝を掘り出しているような気分になった。
 
「お母さん、ギターじゃなくてお父さんのバイオリンは聞いたことある?」
「バイオリンやってたの?」
「家にあったじゃない」
「知らない。バイオリンなんてあった?」
 
驚いた!
母も知らない過去だった。
聞けば、父はもともと歌が好きだったという。それで労音で合唱を始めた。ある年は、ベートーヴェンの第九を国技館など都内数か所で演奏した。一番大きなステージは日比谷公会堂だったとのこと。なかなかスゴイ。風邪をひいてしばらく歌えなくなったことも、バイオリンを始める後押しになったそうだ。で、2年くらいやって、人前で演奏した時、ショックを受けたという。
 
「うまく弾けなかったの?」
「いや、家の中ではいい音だと思っていたのが、広い所では吸い込まれるみたいに音が消えちゃってさぁ。なんか、もういいかなって思ったんだ」
 
それで25歳頃の父は、バイオリンを屋根裏にしまって、少し前から練習を始めたギターに乗り換えた。職場に上手な人がいて、休憩時間に階段の踊り場で弾いているのを聞いて憧れたそうだ。父がそんな音楽好きの若者だったとは……全く知らなかった。
 
「どうして、ギターもやめちゃったの?」
「なんでかなぁ。子供ができてから弾いてないな」
 
残念だ。私たちにも聞かせてくれればよかったのに。
 
「そういえば、どこかで『オー・ソレ・ミオ』歌ったことあるんだよね?」
「ああ、あれは妹の結婚式だ。何か歌ってくれって言われて歌ったよ。練習してなかったけど、意外と声は出たなあ。拍手喝采だったよ」
 
びっくりだ。子供の頃、親戚の集まりで父が『オー・ソレ・ミオ』を歌った話をおぼろげに聞いた記憶があったけれど、まさかそれが叔母の結婚式だったとは! 親族が歌うのか?
 
いや、もうそんなことはどうでもいい。
本当はひんしゅくの嵐だったとしても構わない。記憶の中の父は、妹の結婚式でイタリア歌曲を朗々と歌い上げ、拍手喝采を浴びたのだ。
 
平凡な父の人生は、他と比べたらとても小さなピラミッドだ。でも、その内部にミステリーがたくさんあった。娘の私が探検することで、父の記憶の扉が開く。にこにこ楽しそうに話す父は今年87歳だ。まだまだ元気でいてほしい。
 
どこにも出かけなくても、親の記憶を探検することでこんな楽しい時間が過ごせるとは知らなかった。父のミステリー、また探検させてもらおう。
 
 
 
 
***
 
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2020-05-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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