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本当は問い詰めたかったのに


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:遠山知恵子(ライティング・ゼミ GW集中コース)
 
 
母が死んだ、という連絡が入ったのは私が休日出勤をしている日。会社について30分ほどしてからだった。
 
ダンナから電話が入って、すぐに上司に連絡をする。会社への連絡、忌引きをとる手続き、実家の四国へ帰る飛行機の手配はダンナがしてくれた。
結局会社への滞在は1時間ほどで、私は自宅へとんぼ返りすることになった。
子どもを連れて羽田へ向かう私にダンナが言った
 
「お義母さん、急だったね」
 
という言葉がちくりと耳の中を刺した。
 
私を乗せた飛行機は羽田を17時過ぎに離陸して、通夜会場に着いた頃には20時を過ぎていた。
「まぁ、お母さんの顔みてやってくれや」と父に言われ、棺に入った母の顔を見た。
小さくなったなぁ。と思ったただけで、涙は少しもこぼれなかった。
 
「だいたいあの子はわがままなんや」
 
明日は結婚式。それは都内の姉の家に母と私は前泊して、私は翌日のために先に一人で寝床に行った時のことだ。
ふすまの向こうで姉と母と義兄が酒を飲み始めて、しばらくして母が放った言葉がそれだった。姉も私の悪口を言い始める。それは耐え難い出来事だった。
明日は結婚式ですよ? 誰もが祝福してくれる日でしょ? なんでこんなこと言われなくちゃいけないの?
しばらく我慢していたが、私の悪口はさぞ盛り上がったのだろう、だんだんと声が大きくなっていき、とても止みそうにはなかった。
耐えられなくなった私は、意を決して立ち上がってふすまを開ける。
ガラッ。
「……あんたまだ起きとったんな」と母が言う
「やかましいから寝られんかったわ」と私が吐き捨てる。
 
気まずい雰囲気の中、酒盛りは終了。バツが悪そうに片付け始める。
付き合ってられるか。と思いながら布団に入ったがなかなか寝付けそうにはなかった。
 
「ママはあんたが一番好きなんやで」
「お姉ちゃんは、いややわ。わがままやし、気が強いわ」
とことあるごとに母は言っていた。まぁそれを信じたわけではないけれど、でも心の底では母に嫌われた姉をかわいそうに思うくらいだった。
 
でも、そうじゃない。
 
本当はお姉ちゃんが好きだったのか。いや、どっちにも相手の悪口を言っていたのか。
母の考えはいくら考えてもわからなかった。
今までの子どもへの接し方からも、人間としても到底理解できる内容ではなかった。
 
それからというもの、普通に話をしても、心の底には不信感と見えない壁ができたような気持ちだった。何を言われても心の中で「でも、私のこと嫌いなんでしょ」とうそぶいていた。いつかは言ってやる「私のことそんなに嫌いだったんだ」って大声で叫んでやる。「私のどこが嫌いなんだよ」と大声で怒鳴り散らしたかった。
 
でも、それはできなかった。
 
寒い寒い冬の朝だった。庭に積もった雪で子ども達と雪遊びをしていた、その直後、電話が鳴った。母が脳梗塞で倒れたという連絡だった。
私は母の心配より何より「もう母へ問い詰めることができないんだ」という思いが一番に沸いて、その直後から自分のことが大嫌いになった。
実の親の体調の心配より、自分の気持ちに整理がつかないことが大事かよ。それって人としてどうなの。
どんなに責めても、その思いだけは消せなかった。……手遅れだ。
 
春になり、子ども達を連れて実家に帰った。
脳梗塞は発見されてから治療を始めるまでの時間が短ければ短いほど助かる可能性は高い。母は治療を始める時間が遅かったため、結果半身不随となり、言語的な意思の疎通は絶望になった。
 
病室に母を訪ねた。母はベットに寝ているが片方しか向くことができない。顔の筋肉がこおばって、般若のようだった。
 
だれだ、この人は?
 
「お母さん。ちーちゃんが来たよ」と父が話しかける。
母は自分の力では目を合わせることができないので、母の向いている方向に顔を寄せて、声をかけると、声にならない声が返ってきた。
「おおすごいな。初めて人の顔をみて、声を出した。ダメなんや、姉ちゃんも大阪の叔母さんもわからん。ちーちゃんだけや」
まさか父が気を遣ったわけではないだろうが、少しだけ気持ちが緩んだ。2歳の息子が父に抱かれて「おばぁたん」と声をかけたが、それにも母は反応することはなかった。
 
あれから、何年が経つんだ。
いつかは亡くなるとは思っていたが、今日とは思わなった。
 
通夜と葬式、初七日を済ませたあと、姉と母の荷物を整理していたら古い母子手帳が出てきた。
 
「これあんたのやで」と出された古い母子手帳。中身をめくるとそこには成長記録があった。まぎれもない、母の文字で書かれていた。
 
4か月、初めての歯が生えた。
7か月、ハイハイをしている。
1歳、お話ができるようになった。
2歳、寝る前に必ず歌を歌って寝る。
3歳、この子は本が好きなようだ。
 
私は。今まで何を……
 
小さいころから今までのすべての記憶が一瞬にして通り過ぎて行った。
 
その場に動けなくなった私をみて、5歳になった娘が頭を撫でてきた。
「ママ? おなかいたいの? ぐあいわるいの? だいじょおぶ?」
 
私は何も言えず、子どもを抱きしめた。かつて母が私にそうしたように。
 
 
 
 
***
 
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2020-05-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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