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老紳士と軍刀と 思い込みを無くすのは難しい

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:松下あすか(ライティング・ゼミGW集中コース)
 
 
ずっと、後悔していることはないだろうか。
 
学生時代の夏休み、イギリスでサマースクールへ在籍したことがある。学生寮のすぐ外で友人と他愛のない話をしていた時のことだ。犬の散歩に出ていた老夫婦に声をかけられた。家へお茶をしに来ないかというのだ。
 
もちろん、誘いに乗った。寮からすぐの夫妻のご自宅にお邪魔し、まさか地元の人のご自宅に招かれるなんて思ってもいなかった私たちは、まるで雑誌に出てくるかのような品の良い自宅やインテリアに目を輝かせた。
 
しばらく話をしていると、ご主人が席を外した。
「ちょっと、消えちゃったの?」
なかなか戻ってこないご主人を呼ぶ奥様
「いや、いるよ」
と返事はあるもののなかなか戻ってこない。
 
ようやく戻ったご主人が手にしていたものは、おそらく軍刀と呼ばれるものだった。
 
どうしたものかと目を合わせる私と友人にご主人は話をした。
どうやら、戦時中から持っているものらしい。可能であれば、持ち主に返したいと言われたが、私達二人とも、どうして良いか分からずに顔を見合わせるばかりだった。
 
突然現れた戦争という現実を前に、驚くばかりで何もできなかった。どういう経緯で手に入れたのかすら尋ねられず、本音を言えば、なんだか面倒なものが出てきたなと思った。戦争はもう終わっているのに、と。戦争というものに関連するものは忌むべきものなのだ。わざわざ掘り起こすものではない。そんな風に思っていた。ちょうど8月15日の戦勝記念日でイギリス兵のパレードを見たばかりだった。そうか、日本の終戦記念日は、こちらでは戦勝記念日なんだ、そんなことをぼんやりと思ったのを記憶している。そして戦争というものを知らない、いや、ただ怖いものとして知ろうともしてこなかったいい加減な学生だった私は、パレードのかっこよさとはじめて生で見るバグパイプなどの音楽に目を奪われた。
 
目の前の穏やかで優しそうな老人と不似合いな軍刀らしきもの、そして戦争という現実のギャップに戸惑ったままその後はどんな話をしていたのか覚えていない。一緒にいた友人とも後で話題に上ることはなかった。ただ一言、おどろいたね、そう言い合っただけだった。
 
後から思えば、新聞社などにお願いすることもできたのかもしれない。軍刀には名前が書いてあった。もう30年近く前になる。当時はまだインターネットはようやく、といったところだった。今の様にすぐにネット検索できたら、何か行動をしただろうか。
 
いまだに当時のことをふと思い出すことがあるのは、何もしようとしなかった自分に後悔しているからだ。ご主人の期待に応えることができなかった。がっかりさせてしまった。私は、あれから変わることが出来たのだろうか。
 
同じ出来事であっても学校で教えられる事が国によって異なるという、そういえば当たり前のことに気づいたのもこのサマースクールの時だった。終戦記念日と戦勝記念日。負けた日本は悪い国。母国に対して後ろめたいイメージがあった私だけれど、学校で習ったことは一つの説に過ぎないのだ。帰国後、授業から離れて読む歴史書の楽しさにはまった。歴史家それぞれの立場から書かれるさまざまな日本。主にはまったのは古代史だ。ぼんやりしていて優柔不断に思えていた日本という国が、文化でも宗教でもなんでも受け入れていく懐の広い国なのだと理解できて好きになった。
 
サマースクール当時、自分の日本という国に対するイメージは悪く、大げさかもしれないが、敗戦国という無意識の引け目があったのだと思う。目の前に出された戦争の負の遺産である軍刀に教科書通りの悪い印象を持った。まるで、自分の欠点を明らかにされたかのような。おそらく勝手にフィルターを通して軍刀を見てしまったのだ。老紳士の願いは、ただ返したいというだけだったのに。けれど、周囲を見回しても、同じようなフィルターを持つ友人は多かったように思う。
 
何を通して物事を見るかによって、それは良い印象にも悪い印象にもなる。歴史に限らずささいな日常でも、まったく別の答えになることを数多く経験した。公平なフィルターを持つことができれば一番良いけれど、それがなかなか難しい。自分の思いこみで、事実とは全く異なっていたことを後から知ることが未だにある。ただそこにある、という境地に至るにはまだまだ時間がかかりそうである。
 
 
 
 
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2020-05-09 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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