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あの日、私はなぜ電子の歌姫を求めたのか

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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田中柚衣(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「やっぱり、人の方がいいな」
そう言って母はヘッドホンを外した。
私が何を言っても、決して続きを聴こうとはしなかった。
兄の時もそうだった。
イントロでどれだけ心を惹きつけても、歌が始まると眉をひそめて再生を止めた。
「いい曲だとは思うんだけどね。声がなんかキモチワルくって」
誰かに自分の好きな曲を勧めるたび、言われるのはそんな言葉だった。
 
あれから何年も過ぎた。
私はもう、あの頃好きだった曲をめったに聴かなくなっていた。
テレビから「懐かしの青春ソング特集」が流れた。
家族は青春時代の曲を話し始める。
母にとってそれはユーミンで
父にとってはフォークソングで
兄にとってはHi-STANDARDで
私にとってそれは初音ミク。
私の青春を歌ったのは人間ではなく。合成音声で歌う、電子の歌姫だった。
 
大好きだった。
沢山の曲を聴いていた。
でも、今はもう聴いていない。
いつからか、私も「やっぱり、人の方がいい」なんて思うようになっていた。
 
なぜ私はあの頃、「電子の歌姫」を求めたのだろう。
 
私が「初音ミク」と出会ったのは小学校高学年の頃だった。
多分、初めに聴いた曲は「メルト」だったと思う。
さわやかな曲調。
甘い歌声。
キュンとする歌詞。
私はその曲に惹き込まれた。
 
その時の私は、その歌声が機械だということは知らなかった。
少し歌声に違和感を持ったかもしれない。
けれどそんなことはどうでもよかった。
むしろその声こそが、かつての私にとって魅力的だった。
 
私にとって、彼女の声は防空壕だった。
ここから、私は初音ミクの曲を探して聴くようになる。
 
そのうち、初音ミクがPCで音楽を作るための音声合成ソフトだということを知った。
VOCALOID(ボーカロイド)と呼ばれるそのソフトには、彼女のほかにも様々な種類があった。「初音ミク」、「MEIKO」、「KAITO」、「鏡音リン・レン」、「巡音ルカ」、他にも沢山。
私は初音ミクだけでなくボーカロイド達の曲やキャラクターを楽しみ始めていた。
 
中学生になると、ますます彼女たちへの熱は加速していく。
趣味を共有できる友達も増えた。
きっと中学の頃が一番ボーカロイドを好きだった。
 
あの頃はYouTubeよりもニコニコ動画が若者の人気を集めていた。
今の10代がYouTubeに夢中になるように、私も夢中でニコニコ動画を見た。
 
ニコニコにはボーカロイドの曲が溢れていた。
 
それぞれの曲はボーカロイドを使って作られているというだけで括られ、作った人も曲調もコンセプトもバラバラに、日々沢山のものが投稿される。
それゆえに、ボカロ曲にはジャンルも内容も様々なものがあった。
 
ハードなロック調サウンドと切なさの残る歌詞の「天ノ弱」
複雑なサウンドと早口な歌詞が癖になる「脳漿炸裂ガール」
アダルティックな歌詞のカッコいいテクノロック「右肩の蝶」
恋人たちの別れを歌うオシャレなR&Bナンバー「Just e Friends」
 
初音ミクが自分を売り込むような歌詞を歌う「みくみくにしてあげる」
 
少年少女が世界と立ち向かう物語を描いた楽曲群「カゲロウプロジェクト」
 
日々見つかる様々な楽曲を、私は休み時間に友人と紹介し合った。
 
中には鬱々とした不満や閉塞感を感じさせるような曲もあった。
「独りんぼエンヴィー」や「東京テディベア」、「リンネ」あたりがそうだろうか。
ドロドロとした歌詞を、ハイテンポでかっこいいサウンドで歌い上げたこの曲達は、思春期真っ只中の私たちの心に刺さりまくった。
 
「機械の歌じゃ、心に響かないよ」
兄や母にはよくそう言われた。
 
でもあの頃の私には、人間の声ではダメだった。
機械の歌でないと、受け入れられなかった。
 
彼女たちの中身は空っぽだった。
あるのは、見た目と歌声。
そのキャラクターはクリエイターと受け取り手によって勝手に解釈され、勝手に作り上げられた。
 
彼女自体に何もない代わりに、真実も嘘もない。
初音ミクはそこにいるようで、どこにもいない幻だった。
そんな存在が思春期の私には救いのように思えた。
 
学校は楽しいけれど、どうしようもなく皆と心の距離が近くて、
大人は自分たちのことは分からないし、分かってほしくもない。
自意識が高まって、人に対して素直になれなかった。
 
きっとあの頃は、
大人にわかった風に寄り添われることも、
同年代に励まされることも、
眩しく思えるような人に語り掛けられることも、
自分に投げかけられる全てを、
素直に受け止めることはできなかっただろう。
 
誰かに自分の気持ちを代弁して欲しくて音楽を聴くけれど、誰かに代弁なんかしてほしくなかった。あの頃の私には、「誰の声でもない声」が必要だった。
 
初音ミクは、どこにもいなくて、その歌声に意味を持たないからこそ、私は身をゆだねることができた。私にとって、彼女は自分と他者から逃げ出すための防空壕だった。
 
あれから数年がたち、次第に私は彼女の歌から離れた。
今は人が歌う曲、流行りの曲や好きな歌手の曲を聴いている。
 
「やっぱり、人の声がいい」
どこかで、そう思った。
思えばあの時が、私の思春期の終わりだったのかもしれない。
 
テレビから「懐かしの青春ソング特集」が流れた。
20代の曲に彼女の歌はない。
それでも私の青春は彼女の歌だった。
 
テレビが終わり、久しぶりに初音ミクの歌を検索した。
久しぶりに聴いたその声は、やっぱり抑揚の少ない電子音で、
「こんな声だったんだな」と思う。
今なら、兄や母が受け付けなかった理由も少しわかる気がする。
 
現実味のないその声が愛を歌う。
どこにもいない彼女が、私に寄り添っていてくれたことを思い出す。
 
「好きだったなあ」
 
単調で、掴みどころのない、人間みたいにみせた電子音。
でも、その音は今でも私の心を揺さぶる青春の歌声だ。
 
 
 
 
***
 
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2020-05-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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