メディアグランプリ

変わり果てた世の中と共存する


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:山下 梓(ライティング・ゼミ通信限定コース)
 
 
私は一年半前から、謎の体調不良で色んな事を自粛してきた。
気がついたら地続きのように、世の中が自粛生活に入った。
 
おととしの夏、食器棚に皿を戻そうとしゃがんだ状態から立ち上がると、もの凄い引力で後ろに引っ張られ、激しい立ちくらみに襲われた。
 
その後、ちょっと疲れが出たぐらいに思っていたが、体調は良くならず、むしろ悪化していく一方だった。立ち上がる時は、ほぼ立ちくらみがしたり、足にしびれがあったり、頭痛も酷い。胃の調子も悪く、常に気持ちが悪い。起きている間中、船酔いしたような状態であった。
 
受付の仕事をしていた私は、お年寄りに接客する機会が多かった。
お婆さんが、案内を請う為、握りしめた封筒を震える手で持ってくる。その封筒には、案内する先のヒントが書いてある。必死で、その封筒の文字を読もうとすると、お婆さんの手の震えで振動している封筒に酔ってしまい、倒れそうになる身体を必死でこらえた。
これはまずい。本当にまずい。
テレビで、揺れるような映像を見ているだけでも酔ってしまう。
ついこの間までUSJに行き、3Dメガネをかけながら激しく揺れるアトラクションで、ヘラヘラ笑っていたことが、遙か遠くの出来事に感じた。
 
医者にかかっても、大きな病気は見当たらず、自立神経失調症と診断された。
病気じゃないのだから、気にしすぎだ。自分も周りの人もそう言ったが、ビックリするぐらい身体が思うようについてきてくれない。
身体と心の二人三脚が、機能不全になり、心だけが先走り、身体もろともずっこけるような状態だった。
 
こんな状態になるとは、まったく予想していなかった。急転直下の大打撃だ。
出来ない事が、一つずつ増えていった。
大好きだったビールが飲めなくなり、飲み会に参加できなくなった。
電車やバスに乗ると、めまいと吐き気が起こり、出かけられなくなった。
商店街のような人混みに行くと、腹痛が起こる。
常に船酔い状態で、ジッとできない為、美容室にも行けなくなった。
 
出口の見えないブラックホールに入り込んだように、絶望という言葉しか思い浮かばなくなった。そんな、一年前の夏、ついに私は人生ではじめて長期の休職をすることになった。
 
一ヶ月も休んで、好きなように生活すればすぐに治る。
私も、同居する彼もそう思っていた。
 
しかし、敵は中々にしぶとく、しつこかった。
体調不良と、仕事に穴を開けてしまった罪悪感。これからどうすればいいのかという不安が、グルグルとループして、よくなるどころか、余計に押しつぶされそうになった。
 
何かで気を紛らわそうと、今まで時間がなくて見られなかったアニメや映画を見ようとするも、目がチカチカして見ることができない。
料理をしようとキッチンに立っても、集中出来ず、すぐにエネルギー切れになってしまう。
 
本当に何も出来ない自分に、ウンザリして、一日中、寝て過ごす日が増えていった。
 
少し回復した頃、ウォーキングを日課にするようになった。
ちょっと挑戦して、ショッピングモールに出かけ、人混みに出くわすと気持ち悪くなって振り出しに戻る、を何ヶ月と続けた。
 
薬は、一時的に症状を抑えてくれるが、根本の解決にはならない。
飲めば、半永久的に飲む事になり、辞めれば地獄のような症状に悩まされる。
どちらをとっても、スッキリしない状況だった。
 
身体の症状よりも辛かった事がある。
人との交流が絶たれた事だ。
 
友人と会うということは、喫茶店や飲み屋に集まることがほとんどだ。飲食店で気持ち悪くなってしまう私は、人と交流する機会を失った。
元々、賑やかな場所は好きではなかったが、わかり合える友人や知り合いとのたわいない会話が、心の支えになることもあった。
会いたいのに、会えない。
まさに今、世の中の人々が耐え忍んでいる状況である、
 
2020年、春。鬱々とした日々を、ひたすら耐え忍び、体調に回復の兆しが見えてきた頃。
世界中が外出自粛せざるおえない状況になった。
 
この一年半、自分が人と同じく楽しめず、恨めしく思っていたことの大半が、物理的に出来なくなった。
花見、レジャーランド、旅行、バーベキュー、ショッピング、夏フェス、映画、観劇……。
 
これらがない世界を、今まで誰が想像しただろう。
 
意図も簡単に、そんな現実は訪れた。
一年半早く、生きる楽しみを絶たれた私はこう思うようになった。
 
いつ戻るか分からない、元の世界を願うより、今、この状態でできる最善を尽くそう。
いい意味で諦めたのだ。
言うことを聞かなくなってしまった、ちょっとポンコツな身体とメンタル。こいつに油を差した所で、新品には戻らない。
 
油を差し、少し良くなったら一歩進む。悪くなったら、休む。そして、また一歩。
そう簡単には、受け入れられないし、投げやりにもなる。
世の中の事態も、自分の体調も、完治はないかもしれない。
すべてを受け入れた先の未来が、新しい価値観を持つ少し生きやすい世界になる事を期待する。
 
 
 
 
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2020-05-15 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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