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メディアグランプリ

あんジャムクリーム、きんつば、オールド。お父さん、他に何が好きやった?


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記事:渡邊真澄(ライティング・ゼミ通信限定コース)
 
 
「親父が危篤や」
「今、亡くなった」
 
2年前、5月の朝。兄からの短いメールが2通届いた。肺炎で入院していた父の様態が早朝急変し、数時間後亡くなった。その日の午後、私と息子はのぞみで京都へ向かった。在来線に乗り換え、高槻駅で降りた。いつもと同じ道のりだが、行先は実家でなく葬儀会館だった。会館の小さな部屋で父の遺体に手を合わせた後、兄が「早速で悪いねんけど」と通夜と葬儀の説明を始めた。喪主の兄は、すでに会館の担当者と話し合い、決めるべきことを決めていた。「俺、今から銀行と市役所行ってくる。お前にな、今日中にこれ準備して欲しいねん」兄から渡されたリストには、翌日の通夜、その後の葬儀に必要なものが書かれていた。実家で用意するもの以外は、駅前のデパートで揃いそうだ。「真澄ちゃん、うちらの晩ごはんも買うてきて」と兄嫁に1万円札2枚を渡されて、私は息子と二人で駅前のデパートへ向かった。
 
「おじいちゃんの好きなもんって、何やろな」リストのひとつに『故人の好きだったもの。食べ物や本など』とあった。父にお供えし、最後に棺に入れるものだ。息子に聞くと「俺」と即答された。「なんでやねん。おじいちゃんのお棺に入れるものやろが。でも、間違ってはないわな」息子に言いながら笑った。デパートの食品フロアに着き、父の好きだったものを考えながら、通路を歩き回った。しばらく歩いた後、ふと思い出した。子どもの頃、日曜日の昼に「お昼ごはんのパン買うて来て」と母におつかいを頼まれることがあった。近所の焼き立てパン屋のパンは、家族みんな大好きだった。母から買い物メモとお金を受け取り、パン屋へ行く。メモにはいつも『おとうさん→あん、ジャム、クリーム』と書いてあった。甘党だった父は、毎回甘いパンだけを美味しそうに食べていた。そうや、そうや。思い出した。「パン屋行こう」と息子に声をかけた。あんぱん、ジャムパン、クリームパン。他にもいくつかのパンを買った。あとは、なんやったやろ? 「難波行くんやったら、きんつば買うて来てくれ」父の声を思い出した。20年ほど前、大きな鉄板できんつばを焼くお店が大阪難波にあった。一度お土産に買って帰ったら、父はえらく気に入った。私が難波に行くというと「あのきんつば買うて来てくれ」と毎回頼んだ。和菓子屋できんつばを買い、兄家族と私たち親子の弁当を買った後、デパートを出た。長い1日が暮れ始めていた。
葬儀会館まで歩きながら息子に話しかけた。「甘いもんばっかりやな。他におじいちゃん、好きなもんあったかなあ」そのとき父の声を思い出した。「『オールド1本ください』言うんやで。おつりでお菓子買うてきたらええから」母が仕事で帰宅が遅い日の夕方。父は小学生の兄と幼稚園児の私にこう言って、こっそりお使いをさせた。酒屋さんで「オールド1本ください!」という小学生と幼稚園児。今なら違法だ。だが40年以上前は「はいはい」と酒屋のおじさんはにこやかに黒いウィスキーの瓶を渡してくれた。おつりで兄と一緒に駄菓子を買った。「おお! ご苦労であった!」と父は私たちから黒い瓶を受け取り、美味しそうに水割りを飲んでいた。そうや。オールドや。あの丸い黒い瓶に入ったウィスキーや。葬儀会館の前にある大きなスーパに立ち寄り、私はあの頃を思い出しながらウィスキーの瓶をカゴに入れた。
 
父の枕元に、あんぱん、ジャムパン、クリームパン、金つばを並べ、丸い黒い瓶を置いた。私が思い出した父の好きだったもの。それは、私が子どもだった頃の父、母が亡くなり二人で暮らしていた25年前の父が好きだったものだ。その後、亡くなるこの日までの25年。父は何が好きだったのだろう? 好きだったもの、もっとたくさん、あるはずだ。好みも変わっていただろう。そうだ。ウィスキーでなく、焼酎を飲むようになっていた。他にもたくさんあったはずの「父の好きなもの」を知らないまま、父は亡くなった。
 
父の83年の人生で、私と父は50年親子として生きてきた。だが私は、父のことは知らないことばっかりだった。そんなことを考えていたら、兄の結婚披露宴の最後、父が新郎の挨拶で話したことを思い出した。「息子のご友人、恩師、職場のみなさんのお話を聴かせていただき、そこには私が知らない息子がたくさんいました。『親が知っているわが子なんて、ほんの一部だけなんや。親なんてわが子の知らんことの方がずっと多いんや』とわかりました」最後のお礼の言葉の前に、そんなことを言った。あの日の父の実感だったのだろう。「お父さん、お互いさまや。私も兄ちゃんも、50年以上親子やってきたけどお父さんの好きやった食べ物すら、なかなか出てこうへんかったわ」あの日の父に、そう言ってあげたくなった。

誰かの親である、子どもである。それは、ひとりの人を成す一面にしかすぎない。それ以外の面の方が多いのだ。親子だからってすべての面を理解しようとしなくてもいい。お互い知らない面があってもいい。2度目の父の命日、そんなことを思っていた。そうだ。久しぶりに水割りをお供えしようかな。父は好きだったもの、教えてくれるかもしれない。
 
 
 
 
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2020-05-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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