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【あれ】を忘れたことで感じたものすごい恐怖


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:近藤泰志 (ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
その日の朝は不思議といつもよりも空気が澄んでいるように思えた。
 
例えるなら目の前にあったはずの壁がその日に限ってなくなっていて、新鮮な空気のシャワーを常に身体いっぱいに浴びているようなそんな素敵な朝だった。
 
「ふー」
 
僕はその新鮮な空気を思い切り吸い込んだ。
 
なんという気持ちの良い朝だろう。こんなに空気が美味しく感じられる朝は本当に久しぶりだ。僕は身も心も軽やかに最寄り駅までの道を幸せな気分で歩いていた。
 
本当に気持ちの良い朝だった。
 
「……」
 
「いや、待て。何かおかしい。いつもと何かが違う」
 
気持ち良い朝の陽ざし、時折聞こえてくる小鳥のさえずり。そして美味しい空気。
素晴らしい1日の始まりだというのに僕は素直に喜べなかった。
 
「あっ!! マスク忘れた……」
 
僕は思わず声に出してしまった。いつもならしているはずのマスクをあろうことかその日に限って付け忘れて外に出ていたのだ。
 
「どうしよう……取りに戻ろうか」
 
僕は迷った。しかしそういう日に限って人と逢う約束があったりして、戻っていると完全に遅刻をしてしまう。僕はとにかく街までいけば手に入るかもしれないと思い、とりあえずそのまま電車に乗り込んだ。
 
果たして同じ車両に乗り合わせた人は皆、マスクをしていた。していないのは僕だけだ。
 
「なに? あの人マスクもしないで」
 
「このご時世に非常識な……」
 
直接言われたわけではないが、僕を見つめる周囲の目がそう言っているように思えた。
 
別に全裸で電車に乗っているわけではない。服もちゃんと着ているし、切符も買っている。しかし周りからは非国民を見るような冷ややかな目で見られている気がした。僕の気にしすぎなんだろうと思ったが、その場にいるのがいたたまれなくなってしまい、いくつかの車両を歩き人気のない車両へ移動した。僕は気弱な小動物が天敵から身を隠すかのごとく、隅のほうでじっと息をひそめて駅に着くまでその場をやり過ごした。
 
駅に着いた僕は小走りで改札を出た。いつもなら大通りを歩くのだが、マスクをしていない僕はなるべく人のいない小さな道を探しつつ迂回しながら目的地に向かった。その様子はさながら警察に追われる逃亡者のようだ。たかがマスク1枚していないだけなのにこの有様だ。先ほどまで美味しく感じられた新鮮な空気も忌まわしく思えてきた。
 
「どこかでマスク売っていないかな」
 
僕は小道から覗き込むように大通りの様子をうかがった。なんだか本当に自分が犯罪者のように思えてきた。マスクをしていないだけなのに、他人の目がとても怖くなった。
 
覗き込むこと数回、『布マスク、あります』という張り紙が僕の目に飛び込んできた。地獄に仏とはまさにこのことだ。少し割高ではあったがこの際そんな贅沢は言っていられない。僕は運良くマスクを買うことが出来た。
 
袋を開けて早速、付ける。
 
いつもと変わらぬ息苦しい日々がまた始まった。
 
だがこれでもう周囲の目も気にならないし、どんな道も普通に歩ける。これから逢う人にも迷惑をかけずに済む。僕は一安心して目的地に向かった。
 
たかがマスク……いや、されどというより必ずマスク。
 
昨今の新型コロナウィルス流行のため、今は日本だけではなく世界中でまるでドレスコードのように外出時はマスク着用が必須になった。今やマスクは財布やスマホと同じように家に忘れてしまったら相当焦るアイテムの上位になったと言っても過言ではない。僕もちょっと近くのコンビニへ行くだけなのに、マスクを忘れて慌てて取りに帰ったことも何度かあった。店員さんや他のお客に迷惑がかかるというのも理由の一つなのだが、それよりもまず僕自身が不安にならないためにマスクをしているのだろう。
 
大袈裟な話だが、近い将来服を着ないで歩いていることよりマスクをしていないことで通報されてしまうような世の中がもしかしたら来るかもしれない。
 
「子供が公園で遊んでいる」
 
「このご時世に営業している店がある」
 
あげればキリがないのだが、自粛警察という輩は重箱の隅をつつくように神経質になって粗探しをしてくる。
 
もし近所に自粛警察がいたらノーマスクの僕を見つけて、「あそこの家のご主人はマスクもしないで呑気に歩いている。けしからん」……と隣近所に触れ回られてしまうのだろうか。
 
決められた日にゴミも出すし、分別もしている。どこにでもいる模範的な町民なのに、マスク1枚していないだけで僕は近所から冷遇されてしまったかもしれない。そう思うと考えただけで恐ろしくなってきた。
 
いつからこんなに住み辛い世の中になってしまったのだろうか。
 
マスクをするのは自己予防のため、周囲に感染させないため……どれも正解だ。
 
でも、きっと一番の理由は【普通に毎日を生きるため】だろう。
 
その日、マスクをしていなかった僕は新型コロナウィルスよりも周囲の目のほうがなによりも恐ろしく思えた。
 
目に見えるものすごい恐怖……久々にそれを味わった1日だった。
 
 
 
 
***

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2020-05-21 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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