メディアグランプリ

生きてて笑ってるだけでいい、と思ったあの日


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:三國 希実子(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
この子には弾けるような生命力と笑顔がある。もうそれだけで良かった。
 
麻酔から目が覚めた息子は、柵付きのベッドの中でケタケタ笑いながらぴょんぴょん跳ねている。コアラや熊と形容される9ヶ月の息子は、頭に包帯がぐるぐる巻かれていることを気にする様子もない。さっき手術したばかりだとは信じがたい光景だった。
 
この時、決めたのだ。生きてて笑ってくれていれば他に何もいらない。やがて悩むことになるだろう体のこと、教育のこと、職業のこと、人生のこと、へ何か期待することは辞めよう。私はこの笑顔だけを守れば良いと。
 
息子は、生後2ヶ月で「頭蓋骨縫合早期癒合症」と診断された。
 
「手術しましょう」
 
そう専門医に言われた時は胸が張り裂けそうだった。頭が舟の形をしている息子を腕に抱き、泣いた。脳が成長し拡大するスペースのために、赤ちゃんの頭蓋骨のピースは分かれているのが通常だ。息子の場合、一部が癒合しているために、頭はどんどん前後に大きくなっていた。
 
「頭がどんな形をしていても息子は息子だ」という思いがあった。だが、今後の息子にとってのベストな選択を、と手術の提案を受け入れた。生まれて4ヶ月の小さな頭にメスを入れる。頭頂部の骨を切り離し、脳への圧迫をなくして発育を促すため、と説明があった。リスクの高い手術だ。それが時間を置いてまた再度行われる。万が一を2度覚悟しなければいけなかった。
 
息子の頭頂部には大きなS字が刻まれた。その傷どうしたの? と他の親や子どもたちから聞かれることを考え、息子が将来的に嫌な思いをしないよう事あるごとに「キミの強い証拠だ」と術後の武勇伝を話した。心配はいらなかったのだけれど。
 
息子は、本当によく笑う子だった。
 
冬生まれの子への3時間おきの授乳は本当に辛いものだったけれど、寝落ちする瞬間、満足気に「ニヤッ」とする息子を眺めては、心を温める日々だった。公園でブランコに乗せられるようになると、空へ向かう度にケタケタと大きな声を響かせた。滑り台で遊んでも、かけっこやかくれんぼをしていても、笑い声に他の子どもたちが引き寄せられるかのようだった。楽しそうなところに人は集まる、と知った。
 
息子が8歳になったある日。父不在の二人での夕食時にふと聞かれた。
 
「お父さんのすごいところって何?」
 
私は、優しい、面白い、などの性格についてや、音楽ができる、プログラミングを教えられる、料理ができる、など、持つスキルをどんどん答えた。
 
すると息子が話しはじめた。
 
「目が見える、匂いをかげる、歯がある、歩ける。」
 
確かに五体満足で日常生活が営めること自体、ありがたいこと。手術なしでは息子にはそれが叶わなかった可能性があったことは話していない。だが、その視点を持っていたことに驚いた。そう思いながら興味津々で尋ねてみた。
 
「お母さんのすごいところは?」
 
「優しいところ、笑っているところ、楽しそうなところ、働いているところ、」
 
と言う可愛い声をニヤニヤしながら聞いていたら、最後に付け足されたことに射抜かれた。
 
「生きてるところ。」
 
「!!!」
 
息子にとって、両親は何ができるとかそんなことは重要でなかった。生きているだけで、もうそれはスペシャルで凄いことなんだと知っていた。高校生の時に父親を亡くした、とお父さんから話を聞いていたからかもしれない。
 
息子に対して生きて笑っていれば他に何もいらない、と思ってはきたが、息子が両親に対しても同じ想いであったことを知りハッとしたのだ。8歳が、こんなことを言うのか。雷に撃たれたようだった。
 
息子の頭は今ではすっかり綺麗な丸い形をしている。私より視点が高くなった息子の手術痕を見ることも減った。声変わりをし、自分の体型や見た目が気になる思春期を迎えている。バスケが大好きな息子だ。足の形がこうだったら、手がもっと大きかったら、もっと背が高かったら、と望んだり悩んだりする時期へ突入したばかりだ。
 
ヘアスタイルにも厳しくなった。直毛で量の多い髪をどうにか傷口が目立たないように、と美容師へカットをお願いした。3歳を迎える前にはヘアカタログから好きなスタイルを指定するような、やたらとこだわりのある子だった。かっこいいじゃん、とプロや大人は思うのだけれど、希望する髪型は、自分の髪質と傷跡では叶わないことに納得がいかないらしい。そんなお年頃だ。
 
体も心も大きく変わるこの時期に、コロナ禍で学校の授業がオンラインへ移行し、突然の暮らしの変化に戸惑っている真っ最中だ。息子が大人になる頃、どんな生活が待っているのか、今ある仕事がAIにとって代わられる、なんて言われてきたが、人間がどんな働き方をする世界になるのか、全くもって不確かなことだらけだ。
 
けれど、確かなことは一つだけある。
 
自分の外側で何があっても変わらない、内側から溢れ出る自分の喜びだ。
 
息子が朝からソワソワワクワクしている。NetflixでNBAのドキュメンタリー『The Last Dance』が配信される日だ。番組が始まると、目をキラキラさせて興奮がおさまらずにぴょんぴょん跳ねる。私は、それを見て、病室で息子が笑顔を振りまいたあの光景を思い出す。笑顔を守ろうと決めた日だ。
 
学校でうまくいかないことも、大好きなバスケで結果が出ないことも、恋愛で破れることも、きっとこの先たくさんあるだろう。
 
「僕のすごいところは何?」
 
と、打ちひしがれた時にでも聞いてくれたら
 
「生きてるところ!」
 
って頭を撫でながら言ってあげたいのだが、その日の息子に響くのだろうか。
わたしは、あなたの笑顔の行方を身守るだけだ。
 
 
 
 
***
 
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2020-05-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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