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メディアグランプリ

小さな教授とミントティー


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:松下朋子(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「もう、ママきらいっ」
 
言い放って5歳の長女が泣き出す。部屋は散らかり、ダイニングテーブルには食べこぼしが散乱。ああもうすべてが嫌だ。そんな気分になることが、時折ある。
 
保育園の休園を受け、5歳と1歳の子どもとの自宅保育生活がもうすぐ3ヶ月目を迎えようとしている。命を守ること、感染を広げないこと、もちろんその重要性はわかっているから休園には何の不満もないけれど、家事をしながらの育児がこんなに慌ただしいものだとは想定していなかった。いや、正確には想定を軽く超えていた、というべきだろうか。
 
子どもたちの起きる前にできるだけ家事を済ませておくものの、つかみ食べ全盛期の次女は毎食、全力で食べ物を素手でつかみ床にむかってぽいぽいと放り投げる。ロボット掃除機の奮闘も虚しく、朝食が始まった途端に床はその日のメニューが散乱。食後、雑巾で懸命に床を掃除していると、向こうから長女が早く遊びの相手をしてと催促。
「ちょっと待って」「いや、はやくして!」
何度も同じやりとりを繰り返す。その合間に3食の食事作りとおやつの支度だ。
世間には、これに加えて仕事をこなす人も多いのだから不満を言ってはいけない、と思いながらも日々のストレスはたまってゆく。
 
人生でこんなに「いじわる」だ「きらい」だと言われたことがあったろうか、と数えてしまうくらい毎日、子どもからのお小言を頂戴する。大人も子どもも、非常事態に神経をとがらせ、疲れているのは当然。ストレスもあるだろうし……心を落ち着けて向き合おうとするものの、こちらも疲れがたまると「いまは、できないの。ちょっと待って!」と高ぶる感情を抑えきれずつい、口調がきつくなってしまう毎日だ。
 
あの日の言い合いも、原因はおやつのメニューが気に入らなかった、とか次女のおむつを替えていてしばらく部屋に一人にしておいた、とかささいなことだったように思う。しかし大粒の涙をながす長女を見て、ああもう、このままやっていくのは無理なのかも、と珍しく自己嫌悪に陥る夕暮れだった。
 
「もうママは、心が痛いよ」
 
小さくつぶやき、いまだふくれっ面の長女を見て、ふう、と息をつく。
逃げ場をさぐり、「気分転換にお庭でもでようか」と誘う。慌ただしい毎日に庭木の手入れも追いついておらず、特に生命力ゆたかなハーブ類が伸び放題。普段はよい香りに癒されるローズマリーやアップルミントを見てもなんだか元気がでない。いつもは調子よく「このミントはね……」なんて解説をはじめる私も、気力がなくぼーっと庭の草木をながめるばかり。その脇で長女は葉っぱをさわったりダンゴムシをつんつんとしてみたり、なんだかすっきりとした様子で一人あそびを楽しんでいる。
 
ふと、アップルミントの鉢植えの前にしゃがみこんだ彼女が言った。
「ぼうるもってきてー」
どうやら葉っぱを収穫するつもりらしい。
 
こんな日はお風呂係を夫に任せたいところだが、仕事がたてこんでいるのかなかなか仕事部屋を出る気配がない。仕方ない、もうこのままお風呂まで済ませてしまえ、と庭から戻った足でそのまま浴室へ向かう。
 
お風呂場で着替えながら、長女が言った。収穫したアップルミントの葉っぱをしっかりとその手にかかえて。
 
ほんとうはね、いじわるなんて言いたくないの。
だってまま、こころがいたくなるんでしょ?
でもね、いやなきぶんになっちゃうときはあるんだよね。
 
だーかーらーこういうときは、みんとでね、すっきりするとこころがひろーくなるよ。はんぶんはおふろにいれて、はんぶんはあとでみんとてぃにしてもらおう、ぱぱに!ぱぱをよんで!おちゃのじゅんびをしておいてもらうから。
 
平静を装いながら、心の中に驚きが広がる。
あんなにそっぽを向いていたのに、話を聞いていたの?
心が痛くなるって意味、わかった?
 
引き続き、小さな教授はいつか話したミントの効能について懇切丁寧に説明してくれる。ミントの香りが気持ちよいとは言ったけれど、こころが広くなるなんて言ったかな。でも、その言い回しが妙にこころに響く。
 
お風呂あがり、食卓でみんなでミントティーを飲んだ。
早めにお湯をいれて煮出しておいたよ、という夫の何気ない一言に、素直にありがとうと返す。ああなんだか、気持ちがすっきりしたような気がする。こころが広くなるってこういうこと?と心の中で小さな教授に教えを請いながら、鼻からすーっと抜けていくミントの香りを楽しむ。
 
そうだ、明日は庭の手入れと雑草抜きを一緒にやってみよう。
ママがいらいらしていたら、これをつんでね、と話しながら。話したことを私は忘れてしまうかもしれないけれど、小さな教授はきっとまた、素敵な言葉で教えてくれるだろう。そういうときはね、と。
 
そんな会話も、悪くない。
 
なんだか、小さなおまじないを手に入れたような気分。ほのかに残るミントの香りを楽しみながら、なんとかやっていけそう、とつぶやきぐっすりと深い眠りに落ちた。
 
 
 
 
***
 
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2020-05-22 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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