メディアグランプリ

ウサギになりたいカメだった


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記事:中川誠斗(ライティング・ゼミ通信限定コース)
 
 
ウサギとカメの童話がある。ウサギは圧勝のあまり途中で怠けてしまい、地道に歩き続けたカメが先にゴールする話だ。この話からはこんな教訓を学んだ。
「地道にコツコツ続けることが大切です」
「最後まで手を抜いてはいけません」
さて、誰もが知っているこの話だが、こんなことを考えた人はいるだろうか。
ウサギがゆうゆうと追い越していったときの、カメの気持ちである。
 
「自分の歩ける速度で頑張ろうと思った」
「ウサギが休んでいても、自分は歩いていようと決心した」
 
もし国語のテストで出されたなら、こう答えておくのが無難だろう。だが、よりカメの気持ちに寄り添ってみたならば、リアルな答えはこっちかもしれない。
「どんどん離れていくウサギを見て、悲しくなって落ち込んだ」
 
花丸はもらえないと思う。イジワルな先生ならたぶん三角にしそうだ。「もっと前向きになりましょう」とか書かれたりして。
でも僕は、自分がカメならきっとこう感じるだろうなあと思う。というのも、つい最近の僕はまさに、ちょうど追い越されて歩みを止めてしまったカメそのものだったからだ。甲羅に首を引っ込めた僕は、甲羅の中に閉じこもっていた。
仕事を辞めて、みんなからドンドン引き離されていくのがツラかったのだ。
 
大学を卒業し、新卒で入社した会社だった。
建築系の仕事で、就職活動のときにはまったく興味関心もなかったし、働いて5年後に辞めた今でもそれは同じだ。ただあの頃は、とにかく親元から自立したい気持ちでいっぱいだった。
もちろんやりたい仕事、憧れる業種があればよかったのだが、それすらもなかった。仕方なく僕は、友達が応募した企業に一緒になって応募したり、大学の職員さんが勧めてくれた会社で面接を受けたりしていた。まさに手当り次第、といったところである。
当然うまくはいかなかった。運良く内定が得られた会社があり、そこに就職した。
入社1年半にして精神疾患にかかったことがある。それも6ヶ月の休職を経験したが、復帰の際に異動してからは再び働けるようになっていた。
 
だがそれは、表面上であった。表向きは治ったようにみえ、たしかに体調は元に戻り、問題なく職場復帰もできていた。でも治すべき心のクセまでは、改善されていなかった。
治すべきだったのは、他人と比較する考えだったのだ。
 
仕事である以上、そこには当然避けがたいものがある。多少の熱でも出社しないといけないだとか、苦手なことでもやらなきゃいけないとか。社会人という自覚のもと、ある程度は大人の振る舞いをした。問題なのは、そうしたツライと感じたときの考え方だった。
 
「みんなやっているんだから、オレもやらなきゃいけないんだ」
「イヤとか言うな。仕事なんだから仕方ないだろ」
「どうしてお前だけできないんだ」
 
正直、これらの感情にどう向き合ったら良かったのか、今でも答えがわからない。時と場合によっては、このようにガマンしないといけない瞬間だってたしかにある。
だが、そうしたガマンばかりが多い仕事時間をおくるようになっていた僕は、しだいに心が麻痺していった。単純なことだが、仕事が身体に合わなかったのだ。それを認められなかった僕は、みんなと比較して自分をこらしめていた。
そんなふうに感じる仕事なんて、長く続くはずもない。
1月11日だった。僕は数年前にお世話になっていた心療内科に駆け込み、診察室に入るや否や泣き出した。主治医に「助けてほしい」と打ち明けた。麻痺した心が停止する寸前の、弱々しい声だったと思う。
その日に退職を決心し、月末に辞めた。
 
今はもう、5月が終わる時期だ。
退職して日が経つごとによく感じられるようになってきた。ああ、こんなにガマンしてたんだなって。そしてこのガマンの正体が、周囲との比較にあると気がついた。
最初のきっかけは、おそらく就職活動だろう。
「みんなはどうしてやりたい仕事があるのかな」
「それにしても、どうして自分にはそれが無いんだろう」
そんなふうにして、いつの間にか比較の思考がクセとなってしまった。働き出してからより強化されてしまったらしい。
比較することは悪いとはいえない。比べることでやる気が出てくるときもあるし、自分を反省するきっかけにもなる。アメにもなるしムチにもなるのだ。だがしかし、僕は自分を攻撃するムチとしてばかり使っていた。
 
退職したばかりの頃、よく近所を流れる川のほとりに行っていた。ゴロゴロ転がっている岩に座り、川を眺めてボーッとするのが日課になった。ストレスから開放された清々しい思いもありつつ、一方でみんなと同じように頑張れなかったとして、ひどく落ち込むこともあった。
ウサギとカメの話を思い出したのも、まさにそんなときだ。
みんな頑張っているのにどうして自分はできないのか。それは、みんなに付いていかないといけない、置いていかれないように走らなきゃ、という焦りだった。
 
だがこの世という現実は、ウサギとカメのレースとは全く違う。誰が先にゴールするか、なんて話ではないのだ。ウサギはウサギであり、カメはカメ。お互い得意なことが違えば、歩くスピードも最初から異なる。もしかしたら僕はカメで、ウサギの強靭な脚力、白い毛並みの美しさなどをみて、自分にはそれがないとずっと嘆いていたのではないか……。そう考えてみたならば、だんだんアホらしくなってきた。
オレの5年間のガマンって、いったい何だったんだ!
それに、ひたすらみんなに追いつこうとしてきた仕事人生だったが、ちょっとしてさっきから「みんな」といってたみんなとは、ウサギばかりだったのかもしれない。それならば、追いつけるわけもなかった。
ウサギにはウサギの、カメにはカメの生き方がある。そして僕には僕の人生がきっとあるに違いない。いつまでも無職でいられる身分ではないが、僕は大切なことを学んだ。
 
川を眺めてから時間が立ち、もう夕方になっていた。ゴツい岩に押し当てていたお尻が痛い。立ち上がり身体を伸ばすと、心の囚われから抜け出した気がした。まるで甲羅から首を出したみたいだった。
そしてゆっくり、歩き始めた。
 
 
 
 
***

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2020-05-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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