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母が子どもになった


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記事:仁木 幸枝(ライティング・ゼミ通信限定コース)
 
 
母が入院して1週間となる。
先週金曜日の夜、腹痛を訴えた。そのまま土日を耐えたが治まりそうな様子もなく、月曜日にかかりつけのクリニックを受診。腹膜炎と診断され、そのまま大きな病院へ入院となった。
 
付き添っていた父から、命に別状のない状態ではあるが、様子をみるために2週間ほど入院となると聞いた。我慢強い母が腹痛に耐えかねて苦しむ様子を見ていたので、安堵した。
 
隣家に住む 実母には、毎日の家事や育児等、日常の様々なことを頼っていた。
母の入院をうけて、当面母の手を借りずやっていかねばならない。
はじめは不安がよぎったが、時短献立を駆使したり、家族で少しずつ家事を分担したりなどして、大きな支障なく、日常はなんとか回せている。
 
しかし、意外にも、一番頭を悩ませたのは、母からのメールだった。
「自分が情けない。寂しい。つらい。涙が止まらない」という内容であった。
私はうろたえた。
 
母たるもの、自分が心細かったり辛かったりしても、我が子にはその気持ちを隠し「大丈夫!」と言う。それが、いわゆる母なのだと思っていた。
現に三人の子どもの母である私は、確信がなくても、大丈夫! 心配ない! と子どもに言うことがある。そうしなければならないと思っている。子どもに不安を与えたり悲しい思いをさせたりしたくないからだ。
 
幼いときの記憶にある母も、いつもどっしりと構えていて、何があっても動じない雰囲気を持っていた。
 
ところが、メールから伝わってくる様子は、まるでちいさな子どものようだ。
入院の心細さが、母を子どもにしてしまったのだろうか。
 
母は、それまでは、圧倒的に母だった。
幼い頃はもちろん、私が実家の母屋を借り、両親の家の隣で住むようになってからも。
母からは一人の大人として扱われたという記憶があまりない。
 
働きに出ている私をフォローし、家事や子どもの送り迎えなどを担ってくれたが、私が母の意に添わない行動をとると、かなり厳しく注意された。当初はその行動に至る原因や理由を伝えていたが、「いいわけは聞きたくない」とピシャリ。
 
また、正論を言って母を論破したとしても、「あんたの言うことは正しいかもしれないが、私は気分を害した」と責められた。
そういったやりとりが何度も続き、私は母に逆らうのに疲れてしまった。なので、もう何も言わないようになった。たとえ母が間違ったことを言っても「それは違うよ」とは言わない。私が反論しなくなったため、母との生活は平穏に流れた、表面上は。
 
しかし、心の中ではずっともやもやしていた。私も大人になったのにな。
 
少し前にも、夕食の片付け時に、ご飯茶碗の洗い方について注意を受けた。さすがにうんざりして、つい「もしうちに嫁いだお嫁さんだったら、遠慮して、こんなふうに逐一いわんだろうな」と言ってしまった。母の返答は「お嫁さんならもっとちゃんとできるはずやわ。それに、よその子には言わんよ。娘だから言う。あんたのために」だった。
あんたが外で恥をかかないように、母である私の責任において、目につくところはすべて言ってあげている、ということだ。
 
げっそりした。このとき私はもう40歳を過ぎていた。恥をかいても、教えてくれていない母のせいではない。自分で責任をとらねばならない年齢だ。しかし、言い返すと、母の機嫌をそこねてまた面倒なことになる。ぐっと飲み込み我慢した。
 
周りの人からは、「実のお母さんと暮らせて幸せね」とか「楽だね」と言われる。「それはそれで、大変なんですよ」と言ってみるが、あんまり伝わっていないのだろうな。
 
お姑さんお舅さんがいるところに嫁ぐのも大変だろう。経験はないけど想像はできる。みんなそれなりに大変だ。たまに里帰りしてきた姉や妹が、母の前でリラックスする気持ちも理解できる。
 
でも、心から安らげる実家の母という存在が、私には、ない。
 
ところがどうだ。圧倒的な母として私の上に立っていた母が、入院をしたとたん、頼りない子どものようになってしまった。
 
メールに何と返信したらよいか分からず、私はずいぶん長く考え込んでしまった。
結局、「大丈夫、大丈夫! 心配しなくても大丈夫!」と送った。
すっかり母と子が逆転してしまった。
 
入院生活も1週間が過ぎ、母の気持ちも少し落ち着いてきたようだ。最初のような弱音は聞かなくなり、ほっとしている。
 
一緒にいて全然気が休まらない相手ではあるけど、母が悲しい気持ちになるのはやっぱりつらい。
好き、嫌いの二択ではない、そういう複雑な感情の存在も知った。
親子の関係って、一筋縄ではいかないな、と思う。
 
これから私も母も、今以上に歳をとる。間は縮まらないけれど。
様々に変化してきた親子の関係は、これからいったいどんなふうに変わるのだろう。
立場がくるくる入れ替わることも、この先もっとたくさんあるのだろうな。
 
そんなことを考えていると、母からメールが届いた。
検査の数値が良く、数日後には退院できそうであるとのこと。
文面がはしゃいでいた。
 
さて。母が退院してきたら。
以前のように圧倒的な母が復活するのか、はたまた、私に弱音をはく子どもの面影も少しは残っているのか。
 
母のいない日々に、少々すがすがしさを感じていることは、胸の内に秘めておかねばならない。母を悲しませないように。
 
 
 
 
***
 
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2020-05-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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