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女の一人旅 私の背後に死亡フラグが見えるのか?


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:加藤里加子(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「今日の宿……ですか?」
 
あからさまに困った顔をされた。
昔々、私がまだ独身で「若い女性」の部類に属していた頃、12月の3連休初日のこと。静岡県伊豆急下田駅の観光案内所は、観光客で賑わっていた。窓口にはその日の宿を求める客も多く、皆、早々に宿を決めて出て行く。だが、女ひとり客の私には、宿が見つからない。
 
楽しみにしていた下田旅行だった。声優の西村智博とともに下田の温泉ホテルに1泊する、ファンクラブのイベントだ。
 
12時半に伊豆急下田駅前の駐車場に集合。
そう書かれたプリントを手に、私は10分前から駐車場で待っていた。だが、他の参加者の姿はない。送迎バスも現れない。
 
(集合場所、ここでいいんだよね?)
 
不安になってもう一度プリントを見た私は、固まった。
集合場所はあっている。だが、集合時間が、いや、正確には集合日時が、翌日の12時半……24時間後だった。
 
(どうしよう)
 
横浜から下田まで、普通電車を乗り継いで3時間、3000円強の運賃がかかった。今から3時間かけて自宅に帰ってもいいが、それでは、往復で6時間と6000円をドブに捨てるようで、悲しい。
 
(6000円あれば民宿に1泊できるよね。うん、そうしよう)
 
そう決めて観光案内所に来たのだが、まだ宿は見つからない。窓口のおじさんは何軒も民宿に電話しているが、「若い女ひとり」と言った途端に全て断られていた。
 
「それがね、友達と待ち合わせた日を間違えて、1日早く着いちゃったんだよ」
 
おじさんの口調が変わった。電話の相手は身内の民宿なのだろうか。
さすがに「声優ファンクラブのイベント」とは言えなかったので、友人と下田駅で合流する予定だったと伝えてあった。
 
「頼むよ、助けると思ってさー」
 
最後は情けにすがって、ようやく私はその日の宿を確保した。
 
小さな民宿だった。通してもらった部屋も4畳半くらいの小さな部屋。「まあ、泊まるだけならこれで十分」と、部屋でくつろいでいると、夕食ができたという連絡が来た。夕食は1階の食堂で、皆一緒だという。
 
食堂の引き戸をガラリと開けると……なんてこった。私以外の客は皆、若いカップルだった。
 
12月の3連休といえば、クリスマス直前だ。クリスマスという恋人たちの一大イベントに絡めて、2人で旅行しようというカップルが多かったのだ。
 
(ま、まあ、仕方ないか)
 
気を取り直し、案内された席に座る。伊豆半島の海の幸たっぷりの夕飯が並んでいた。せっかくなので、瓶ビールも1本つけてもらう。魚が美味い。ビールも旨い。
 
(ん?)
 
しばらくして、私は周囲の異様な空気に気づいた。
どのテーブルにも会話がない。これだけ客がいるのに、口を開く人が誰もいないのだ。ただ、カチャカチャという食器の音が、妙に大きく響くだけ。空気はピーンと音を立てそうなくらい張り詰めている。その理由は……
 
(私か!?)
 
カップルだらけの食堂で、一人で食事をしている女は、明らかに異分子。ビー玉でいっぱいのおもちゃ箱に紛れ込んだ石ころだ。音の狂った鍵盤のように、たった1音なのにピアノの旋律を台無しにしている。
 
(これは気まずい。早く食事を終えて部屋に引き上げよう)
 
そう思った時、民宿のおばちゃんが食堂に現れた。おばちゃんはまっすぐ私のテーブルに歩み寄ると、私の肩をバンバンと叩いて言った。
 
「ダメじゃない。こんな日に一人で泊まっちゃ」
「ち、違いますよ」
 
私は慌てて応えた。
 
「友達と待ち合わせた日を間違えて、1日早く来ちゃったんですよー」
 
その瞬間、呪いが解けた。緊張した空気が緩み、それぞれのテーブルで会話が始まる。ざわめきのBGMの中で、私の気まずさも一気に解消された。
 
民宿のおばちゃんは、私が一人で宿泊している理由を知っていた。なのに、わざわざ皆の前で言わせたのは、他のお客さんに聞かせるためだ。私が「訳ありの女一人旅」ではないと、気を遣わなくてもいいと、皆に知らせたのだ。
 
おばちゃんの機転に感謝しつつ、私は、世間の「女の一人旅」を見る目がどれだけ偏見に満ちているかを、実感した。
 
民宿に一人で泊まる私の背後に「死亡フラグ」が見えたのだろうか。そんな「訳あり女」の横でカップルのラブラブトークを展開したら、翌日、伊豆半島の崖から飛び降りるとでも思われたのだろうか。
 
昔に比べると、最近では女性の「おひとりさま」文化も定着し、「ひとり喫茶店」「ひとりランチ」「ひとり映画館」の同士は多い。でも、女の一人旅は、まだまだ敷居が高い。一人でレディースホテルやビジネスホテルに宿泊することはできても、旅館や民宿には嫌われるし、変な風に気を遣われてしまう。
 
一人旅好きの私としては、「おひとりさま」文化の裾野が広がって、女性が一人で気兼ねなく旅ができることを願っている。女の一人旅は「死亡フラグ」ではない。
 
予定外の宿泊をした翌日、私はファンクラブの仲間たちと無事に合流し、温泉とファン・イベントを堪能した。夜の飲み会では、1日早く着いてしまった顛末を話してウケも取れたし、今でも間抜けな笑い話のストックになっている。
 
 
 
 
***

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2020-06-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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