fbpx
メディアグランプリ

待つも攻撃のうち


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:川村 紀子(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「嵐のとき、小鳥は過ぎ去るまで
じっと木の枝に止まって待っとるでしょう」
 
こじんまりした診察室で
院長先生はゆっくりと話し始めた。
わずかに広島弁のなまりがあった。
 
「台風の中、あわてて飛び出したら、どうなる?
……ずぶぬれになって、
強い風にたたきつけられるでしょう」
 
先生は語尾になるとちょっと首をかしげ、
下からのぞき込むようにして、わたしの目を見る。
 
「がんの治療も同じ。
降ってわいた災難だけど
治療が終わるまでは
じっと耐え忍んで待つ。
嵐みたいなもんだから。
それが一番守ることになるんよ」
 
乳がん治療のスペシャリストで
4,000人以上の症例を実績に持つ先生の言葉が
静かに心の中に入ってきた。
 
「ね?」
先生はもともと細い目を線のように細めて
にっこり笑った。
 
でも
わたしはその優しい言葉を受け取れなかった。
首を横に振るのも
目をそらせるのも失礼な気がして
目の焦点を先生のふさふさした白髪に
そっとずらして、曖昧にうなづいた。
 
2カ月前にわたしは乳がんの告知を受けていた。
「こどもたちはまだ小さい。
絶対に今、死ぬわけにはいかない!」
 
自分でもびっくりするほど
きっぱりと病気を受け入れ、
告知の3週間後には外科手術を終えていた。
 
「じたばたしている暇はない。
がんがあるなら、スッパリ切る」
なんとも男前だった。
 
でも、外科手術に続く、
半年以上にわたる抗がん剤治療には抵抗があった。
 
がん細胞が体内に残っているかもしれない
そのための治療。
抗がん剤はがん細胞だけではなく、
健康な細胞にも打撃を与えることが怖かった。
 
「こんなにも大きく切り取った。
がんは無くなったはずでしょう?!
残っている「かも」しれないがんのために
からだに負担をかけるのはイヤ!」
 
そう、どう考えてもイヤだった。
数年前に抗がん剤治療をした家族は
副作用に備えて入院し、そして、とても苦しんだ。
髪の毛もすっかり無くなった。
抗がん剤には、からだに毒をいれる
そんなイメージしか湧かない。
 
「わたしは充分、犠牲を払ったもん!
これからは生活習慣を見直す。
免疫力をあげる行動をする。
がんにならない身体をつくる。
それでいいじゃないか!」
 
イヤダ! イヤダ! イヤダ!
わたしは叫んでた。
······心の中で。
 
先生には言えなかった。
扉の向こうの待合室で
大勢の患者さんが診察を待っている。
先生をこれ以上独占はできない。
治療を受けるとも受けないとも言わないまま
曖昧に言葉を濁し、次回の予約はして帰った。
 
なにか問題が起きた時、腹をくくり、
とにかく攻めて突破する。
短期決戦で打って出る!
これがわたしのうまくいくパターン。
 
「がんがあるなら、切る」
外科治療は覚悟がすぐに決まった。
でも、抗がん剤治療は……
劇薬が体中を巡るのをただ受け身で待つような気がして
なぜか、負けたような気持ちになった。
 
「抗がん剤はやらない!
自己免疫力を高めるような治療をする!」
打って出るような行動をしようとしたくなるたびに
先生のあのまなざしが浮かんできた。
 
腹が決まらず、がん治療に関する様々な本を読み漁り、
友人の紹介で特殊ながん治療をするという施設にいき、話も聞いた。
がんに効くという民間療法のサイトも見てみた。
 
どうするか決まらないまま迎えた次の診察の時、
「抗がん剤治療の日程を、決めていこうか。……ね?」
下からのぞきこむ先生の目に視線をあわせ、
わたしは素直にうなづいていた。
 
先生は一貫して静かな口調だった。
自分に任せておけばいい
そんな威圧感がみじんもなかった。
4,000人もの方を看てこられた先生が持っていたのは
切羽詰まらぬ「ノンキさ」だった。
 
先生はのんびり静かに待っていた。
頑固な気持ちがふわっとゆるんだ。
すると、内側の気持ちが見えてきた。
 
怖い。わたし、副作用が怖い。
どんなにひどいことになっちゃうのか
怖い、怖い、怖い。
でも、でも……
再発してまた切るの? それはもっと怖い。
死ぬかもよ。それはもっともっと怖い。
 
「木の中で待つ」あり方でやってみよう。
自然とそう思えた。
 
腹をくくったら、待ち方を工夫したくなった。
抗がん剤投与には数時間かかるため、
個室のような部屋と
ふかふかのリクライニングソファが用意されていた。
エステサロンにいく気分で過ごしてみようと、
楽しみに本を持ち込み、のんびりとくつろいだ。
 
抗がん剤の投薬を栄養剤の点滴のようにとらえて、
全身の細胞を健康にするイメージを浮かべてみた。
わたしはいつも気づくとぐっすり眠っていた。
 
治療の後には、ランチなど楽しい予定を入れた。
一回目は夏休みだった小学生の息子と待ち合わせ、
東京ドームシティでローラースケートを楽しんだ。
 
次の予定があると、不思議と通院は「ついで」の用事になった。
すると、「がん患者である時間」の割合が減り、
治療で人生を犠牲にしているような憂鬱な気持ちにおぼれずに済んだ。
 
「嵐が過ぎ去るのをじっと待つ、
そんな受け身な状態でも、工夫次第で能動的になれるんだ」
それは新しい発見だった。
 
人生に時々起きる嵐のような出来事に
積極果敢に攻撃するだけが打ち克つ方法ではなかった。
病気を機に新しい物の見方や対処法を
自分の中にインストールすることができた。
 
「木の中で待つ」パターンは
このコロナ禍に溺れずに対処するのに役立っている。
そして、このコロナ禍の危機にわたしたちは
どんな新たなパターンをインストールしつつあるだろう。
危機は悪いことばかりじゃきっとない。
 
 
 
 
***

この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325


■天狼院書店「シアターカフェ天狼院」

〒170-0013 東京都豊島区東池袋1丁目8-1 WACCA池袋 4F
営業時間:
平日 11:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
電話:03−6812−1984


2020-06-11 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事