メディアグランプリ

食と、本と、感染症


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記事:渡辺 彩加(ライティング・ゼミ 通信限定コース)
 
 
「食は、人の天なり」(p.281)
これは、このシリーズを通じて、何度も、何度も、出てくる言葉だ。
主人公の澪にも、その夫の源斎にも、そして私にもとても響く言葉だった。
 
『みをつくし料理帖』
高田郁さんが書かれた時代小説だ。
ドラマにも何度もなったため、知っている人は多いのではないだろうか。
みをつくし料理帖は江戸時代をテーマにした時代小説である。女性料理人の澪が、思い悩みながら、人生を歩んでいく物語である。毎話必ず、澪が料理を誰かのために作る。レシピが毎回巻末についてくるため、実際に作ってみるのも楽しい。
 
私がこのシリーズに出会ったのは高校生の時である。
2014年に出版された最終巻まで読み、一旦私の、みをつくしブームは去っていた。
私も実家から離れて暮らすうちに、みをつくし料理帖のことを忘れていった。
 
そこからだいぶ時が経ち、2020年。
新型コロナウイルスの感染拡大に伴う、緊急事態宣言が発令された。
普段ゆっくり家のことをしていなかった私は、この機会にと思い、家の中にこもって、部屋の掃除を行なった。
 
本の整理をしている時、
『花だより みをつくし料理帖 特別巻』
を見つけた。
本屋さんのカバーがかかったまま本棚にあり、長らくなんの本だろうと思っていた本だった。
 
特別巻? なんだろうと思って調べてみると、なんと最終巻の後に出た本!
なんと興味のそそる……。
出版年は2018年。ということは、1年くらいはこの本棚で眠っていたことになる。
 
今まで眠らせていて、ごめんなさい。
と謝りつつ、本を手に取り、読み始めた。
 
最終巻を読んだのが、もう何年も前だから、登場人物や関係性を思い出すのに、少しかかった。しかし、読み進めるごとに胸が高鳴っていく、久しぶりの感覚に快感を覚えた。
 
相変わらず、毎話泣かせにやってくる。その度に、ティッシュが減っていく。
 
特別巻の中でも最終話である、「月の船を漕ぐー病知らず」、何度泣いたかわからない。
この話では、原因不明、治療法不明の疫病「ころり」が流行り始めた大阪が舞台になっている。主人公の澪の夫であり、お医者さんである源斎が治療に当たるものの、亡くなる人は後を絶たず、遺族からもきつい言葉を浴びさせられてしまう。
妻である澪は、料理人の腕にかけて、衰弱する源斎に食事を作るが、先生の喉にはどれも通らない。次第に源斎はなにも食べず、治療もできず、横になったまま起き上がれなくなってしまった。
 
私は、2020年にこの本に出会い、読んだことに運命すら感じた。
なぜなら、新型コロナウイルスが感染拡大している今の世界にも通じるものが多くあったからだ。
 
特に、澪の幼馴染の野江のセリフである。
 
「患者の命を救うことを一番に考えてはる人が、ころりで誰一人救えんかった。源斎先生の失望は、私らが思うより、もっと根ぇが深いんと違うやろか。奈落の底の、まだ底に居てはるんと違うか」(p.267)
 
この台詞で、私ははっと気づかされた。
日本でも、事あるごとに、医療関係者への感謝の意は述べられてきた。
しかし、医療関係者の方が直面する現場、誰かを救いたいと志した道で人を救えないもどかしさ。その現場にいない人には到底、理解も想像もできない。私たちが思うより、「奈落の底の、まだ底」に心が行ってしまっている医療従事者の人がいるのではないだろうか。
 
今までただ、「現場で大変だな。本当にありがとうございます」としか思っていなかった。
源斎が抱えている葛藤に思いを巡らせ、今の医療現場の人も抱えているであろうもどかしさに私はふと気づいた。同時に、その人たちを支えている人の葛藤も澪の気持ちから垣間見ることができた。
人を救いたいのに、救えなかった苦しみ。その苦しみを抱えた人を支えたいのに、支えられない苦しみ。
どちらも他人を思いやる気持ちから来ているだけに、読んでいてとても切なくなった。
 
長い間起き上がれず、食事を取れなかった源斎がやっと口にすることができたのは、味噌汁だった。それも江戸の味噌を使った味噌汁。
江戸出身の源斎にとっては幼い頃から口にしてきたものである。
大阪出身の澪が慣れ親しんだ味噌とは作り方も味も異なる。
それでも、源斎のためにと、澪は何日もかけて味噌作りから行い、味噌汁を作った。
懐かしい香り、懐かしい味。源斎はやっと食事をすることができた。
 
澪の切実な願いがこのセリフに込められている。
 
「病に負けない強い身体を作る。日々、何かを口にすることでそれが叶えられたなら、どれほど素晴らしいことだろうか。医師としての望み、料理人としての願い」(p.289)
 
「ころり」も新型コロナウイルスも、感染拡大している時、なにが効くのか、どうしたら助けられるのか、わからない。
澪が料理人として、食事で「病に負けない強い身体を作る」ことをどれだけ切望していたか、そしてきっと今もそう切望して研究している人もいるに違いない。
 
「食は、人の天なり」(p.281)
「口から摂るものだけが、人の身体を作る」(p.242)
 
部屋にこもりっぱなしで、気持ちが落ち込んでしまう。
しかし、そんな時こそ、懐かしい味の食事をちゃんととって、
「病に負けない身体」をしていくことが大切だと、
そう、澪に教えてもらった。
 
高田郁(2018)『花だより みをつくし料理帖 特別巻』角川春樹事務所.
 
 
 
 
***
 
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2020-06-18 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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