メディアグランプリ

私に起こった『ローマの休日』

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:ヤマモトマサコ(ライティング・ゼミ通信限定コース)
 
 
「君、観光で来たの?良かったら案内するよ!」
ローマの駅でいきなり声をかけられた。顔を上げると、チリチリパーマの頭に緑の目をしたアラブ系のがたいの良い男性が立っていた。ちょうど、私は30リットルのバックパックを背負って、これからどこに行こうかと『地球の歩き方 ヨーロッパ編』のページをめくっているところだった。
 
彼は、「自分はローマの大学に留学に来ている学生で、英語で会話する練習をしたいから休みの日はボランティアで外人観光客の案内をしている」と言った。
「そうなんだ~」とリアクションを返しつつ、内心「これは嘘っぽいな……」と思った。こういう場合、タダで案内するよ、と言って後でお金をぼったくろうとしてくることは、経験上で知っていた。明らかに怪しい。
だけど、ザ・観光地ばかりのローマを独りぼっちで歩き回らなきゃいけない寂しさも、実は声をかけられた時に私が感じていた心配の一つだった。
 
「……じゃあ、お願いする。とにかくたくさん回りたいから、どんどん案内して!」
大きな観光地はこの人に付き合ってもらって、危なくなりそうだったら逃げればいいか。せっかくのローマなんだから、たまには冒険してやろう。
そんな楽観的な思い付きと、何が起こるか分からないスリル感に少しゾクゾクしながら、私は彼の後をついていった。
 
バチカン市国、スペイン広場、コロッセオ、真実の口、トレヴィの泉など、とにかくたくさん回った。どの観光地もたくさんの人で溢れかえっていて、もし一人だったら周りの盛り上がっている観光客に気後れして、つまらないことは間違いなかった。
彼は移動中ずっと私の重いバックパックを持ってくれ、事あるごとに大量に写真を撮ってくれた。観光の合間に、ピザやパスタをおごったりおごられたり、途中で彼の洋服の買い物に付き合ったりもした。
私は1ヶ月かけてヨーロッパを巡る旅の途中で、一人での移動が多かったから丸一日誰かと一緒に行動するのは久しぶりだった。やっぱり誰かと一緒に遊ぶのは楽しいなあ。自分の安易な思い付きが、なかなか良い方向に転んだと私は喜んでいた。
 
一通り名所を見終わり、ローマに住んでいる彼の友達も合流して三人で晩御飯を食べた。
「今日はありがとう。じゃあここで」とお礼を言って別れようとした、その時だった。
 
「好きだ。僕と付き合ってほしい」
 
聞き間違いかと思って、思わず聞き返してしまった。彼も私も英語が得意じゃなかったから、彼の言い間違いか、自分の勘違いかもと思ったが、そうじゃなかった。正直、困惑した。まだローマにいてほしいと言われたが、私はまだ行きたい国が残っていて帰りの飛行機のリミットも迫っていた。断るしかなかった。彼は悲しそうな顔で、明日の朝駅まで送るからまた会おうと言った。そこまでは断り切れなかった。私たちは、また明日会う約束をして別れた。
 
次の日、約束通り待ち合わせて彼と会った時、雨が降り出した。
「最悪だ!雨だと仕事がもらえない!もう今日は稼げない、おしまいだ……」
ブツブツ文句を言う彼に、私は聞いた。
「君は、大学生じゃないの?」
彼は一瞬ハッとしたが、目を伏せて悲しそうに笑った。
本当は気づいていた。留学している大学生なんかじゃない。きっと貧しい国から出稼ぎにきている日雇い労働の移民の人なんだろう。気づいていた。でも、言わなかった。なんとなく、言いたくなかった。
 
私は、彼との観光で5000円くらい多くお金を出していた。銀行で卸して返すよと律儀に言われたが断わった。私の貧乏旅行と、彼の生活の中での「お金がない」はきっと重みが違う。「もし途中でお金が足りなくなったり困ったことがあったりしたら連絡して。ヴェネチアに僕の友達がいるから助けてくれるように言うよ」そう言って、彼は見送ってくれた。
 
次の目的地に向かう列車の中で、昔に見た『ローマの休日』という映画を思い出していた。現実は映画ほどロマンチックでもなかったが、それぞれの生活へ戻っていくラストシーンと自分が感じている寂しさを重ねてしまっていた。
もし駅に着く時間が少し遅れていたら、彼とは人生の中で出会わなかったかもしれない。一期一会で交差する出会いや縁は、一生の思い出になる。映画の中の二人は、もうすれ違うことはないけど、きっと人生の節々で相手のことを思い出す瞬間があるのだろう。
 
ローマの彼からは、今でも毎年「誕生日おめでとう」のメッセージが送られてくる。私はもうローマには行かないかもしれない。もう二度と彼と会うことはないかもしれない。あの出会いでなにか人生が変わったかと言われると、そんなことはない。旅を続けていつもの日常に戻っただけだ。でも、旅先で出会った人は私の中に居続ける。たった1日一緒にいただけで、友達とも呼べないかもしれない。それでも、一緒に時間を過ごした人は、私の中で生き続けて、ふとした瞬間に今どうしているかなと思いだしたりする。相手にとっても、私がそんな存在であったら嬉しい。なぜなら、旅の思い出とともに大切な人になっているということだと思うから。
 
綺麗な景色や人との出会いは偶然の重なり合いだし、ちょっと運命的だとも思う。日常のルーティン的な毎日に飲み込まれると、ついついそんな奇跡的な世界にいることを忘れてしまう。でも、本当は友達や周りの人との出会いも大切にしたい巡り合わせであるはず。海外へ旅行に行くと、その奇跡を強く思い起こされる。
 
実はまだ、旅先で出会った人と二度目の再会したことはない。もしそれができた時は、偶然の出会いから深い繋がりになるのかもしれない。そんな出会いを求めて、私はまた旅行にいく。
 
 
 
 
***
 
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2020-06-25 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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