メディアグランプリ

憂鬱なミッションと100年先の愛を誓ったあの日と


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:西田千鶴(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「はああ、行きたくねー」
こんな柄の悪い言葉を投げつけたくなるほど、それは憂鬱なミッションだった。
 
私は、成年後見人という仕事をしている。成年後見人は、認知症等になった人の代わりに、お金の管理をしたり、いろいろな手続きがするのが仕事。家族でもなれるのだが、私のような他人がなる場合は、家族との縁が薄い人が多い。仕事とはあまり関係ないおつかいを頼まれることもしばしばある。
 
その日も、買ってくるように頼まれたティッシュの箱を手に、私はある施設を訪れていた。
 
憂鬱な気分を吹き飛ばすように、すうっと息を吸い、気持ちを整える。
 
よし、いくぞ!
 
自分にできるマックスな笑顔を貼り付けて、ある人のベッドへ向かう。
 
「〇〇さん、こんにちは! 顔を見に来ましたよ」
 
ベッドに横たわっていたその人は、私の顔を見るなり「待ってました」とばかりに起き上がり、次々とネタを繰り出しはじめた。
 
ご飯がまずい。夜寝られない。テレビを見たいのに他の人が邪魔をして見れない。トイレに行くのがつらい。好きなおやつが出ない。出るわ出るわ、愚痴のオンパレード。波動砲のような愚痴攻撃に、次第に自分の顔が強張ってくるのがわかる。
 
ここで負けては、私の後見人としてのプライドがすたる。がんばれ、私! 彼女の気持ちを和らげて、彼女を笑顔にするんだ!
 
「そうですか。それは辛いですね」などと愛想のいい相づち反撃を精一杯繰り出す私。
 
しかし、結局、その日も彼女の笑顔を見ることはなかった。
 
帰り道。私は、言いようのない敗北感を味わっていた。今日も彼女の愚痴攻撃に負けてしまった。
 
彼女は誰も見舞う人がおらず、いつも一人だ。唯一の肉親である娘から縁を切られ、夫を若くして亡くし、一人で生きてきた人だった。そんな彼女が見せる寂しげな表情を見るたびに「笑顔にしたい、彼女の気持ちを少しでも柔らかくしたい」と思っていた。
 
会いに行くたびに、好きな芸能人は誰ですか? 若い頃はどんな仕事をしてたんですか? なんて色んな話題を出してみるのだが、一向に話に乗ってもらえない。むしろ、日常の不平不満が倍返しで返ってくる。毎回、少しの期待を抱いて会いに行っては、ネガティブ攻撃に遭って、落ち込んで帰るという繰り返し。
 
いくらがんばっても、どうせ笑ってくれないし。
 
まるですねた子供のように、彼女の顔を見に行くのが憂鬱になっていったのだ。
 
次第に、彼女の持病が悪化して、施設から病院に移ることになった。潤いのあった肌もガサガサに乾燥し、手足はむくみでパンパンに腫れ上がっている。私に向かって、あれだけ勢いよく毒づいていた彼女も、すっかり生気の抜けた寝たきりの老人となってしまった。
 
もう先は長くないかもしれない。そんな彼女に、何ができるだろう? というやるせない気持ち。彼女とは会いたくないという気持ち。仕事として向きあわなきゃ、という気持ち。衰えていく彼女を見舞うたびに、自分の中の葛藤がますます大きくなっていった。
 
そんな中、突然、彼女が世を去った。最後は、あっけない終わりだった。
 
キレイに死化粧をしてもらった彼女の顔を見てはっとした。
 
彼女の顔は恋する女の顔だった。うっすらと笑みを浮かべた表情に色香すら感じたのだ。その顔に私は圧倒された。
 
「先生、この度は母がお世話になりました」
 
彼女の娘さんが話しかけてきた。病院の人が連絡をとってくれたのだ。
 
「母はひどい人でした。父と離婚した後、何人もの男を作って、その挙句の果てに私を置いて出ていったんです」
 
娘さんの表情が怒りでゆがむ。彼女は、何人かの男性と交際をした後、娘さんを実家へ置いて、再婚したらしい。そして、その再婚相手とはわずか1年で死別したそうだ。それ以来、彼女は実家に戻ることなく一人で生きてきた。
 
「母のせいで、私がどれだけ苦労をしたことか!」
 
置いていかれた娘さんにとって、母親はいつまでも許せないに違いない。やるせない思いをぶつけてくる娘さんの顔を見ながら、私は不謹慎にも別なことを考えていた。
 
「この人の表情。亡くなった彼女に似ている」
 
娘さんは、はっきりとした顔立ちに、きりっと強い意思を持った表情がとても魅力的な人だった。娘さんに生前の彼女の面影が重なった。彼女を嫌な人だって決めつけていたけれど、彼女の若い頃も、こんな風に魅力的な人だったんじゃないだろうか。
 
私は、彼女の若かりし頃に思いを馳せた。
 
夫とどんな思いで別れ、どんな思いで何人もの男性と付き合い、どんな決意をして、再婚を選んだんだろうか。そして、わずか一年で夫を失った時はどんな思いをしたんだろうか。きっと人には言えない、さまざまな思いを抱えて生きていらっしゃったんだろうな。
 
何十年もの時を超えて、今、ようやく愛する夫の元へ旅立っていった彼女の表情は、あれだけ私を憂鬱にさせた人とは別人のように、それは穏やかで美しいものだった。
 
人は誰でも最後は死ぬ。そして、死に顔に、その人の人生がにじみ出る。彼女が亡くなった後も、成年後見人として、何人もの方の死に顔を見てきたけれど、誰もが美しく穏やかだ。
 
私たちは、会った時のその人の印象で、その人となりを決め込みがちだ。だけど、人は誰もが、さまざまな思いを抱えて、生きている。喜び、悲しみ、怒り、やるせなさ……。色んな出来事を超えてきて、目の前の人がいるのだ。
 
人生の生き方に正解なんてないんだから。目の前の人生をひたすら生きていけばいいの。人生の答えなんて生きている間にはわからないわよ。
 
彼女は最後にその表情で教えてくれた。
 
 
 
 
***

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2020-06-25 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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