スーパーウーマンは「スーパー」なまま、この世を去った
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記事:川﨑 裕子(ライティング・ゼミ日曜コース)
私がまだ20代のとき、58歳で母は他界した。
今更ながら、遺影を見ると若い。
若い、きれい。切ない……。
母は当時の田舎の女性には珍しく、フルタイムで働いていた。仕事も家事も趣味も何でもできる人だった。そのクオリティがまた半端ないスーパーウーマンだった。
四人兄弟の二番目で「兄、私の母、弟、弟」という構成だった。男兄弟に囲まれ女一人だった。その兄弟たちからも、とても慕われていた。
戦後直後、保守的で古風な土地柄で生まれ育った母。男三人に囲まれて結構大変だったと思う。女だからと料理やら裁縫やらを一手に引き受けていた部分もあったのかもしれない。
ただ、「女一人」のおかげで、いろんなスキルを身につけることもできたのだとも思う。
とにかく料理の腕前が半端なかった。あんなに愛情のこもった本当に本当に美味しい料理を私は食べたことがない。
子どもの頃はそれが当たり前だと思っていた。実は外食にテンション上がらないのが私たち家族だった。いざ自分が主婦になったら、母の毎日のクオリティに頭が下がりっぱなしだ。
牛すじの煮込みに、サンマの煮付けに栗の渋皮煮にロールケーキにと枚挙にいとまがない。その辺のレストランには失礼だが、どれもプロ級だった。
味噌も正月用のお餅ももちろん手作り。梅干しに梅酒に梅ジュース、干し芋も手作りしていた。
料理だけにとどまらず、裁縫や編み物も得意だった。高校の制服の上に着るコートも母の手作りだった。
一方の私は、家庭科全般がめっぽう苦手。裁縫など全くやる気が起きなかった。
今だから告白する。学校の家庭科の課題は、母にほとんどやってもらっていた。学校の授業中はやっているふり。というか一応やっていたけど全然できなかった。だから、家に持ち帰って、母にやってもらっていた。
そんな厚かましい末っ子気質の私には、漠然とした願いがあった。
「もし結婚するとしたら、母にウェディングドレスを縫ってもらいたい」
意外にもチャンスは早くやってきた。
私は、20代半ばで結婚することになったのだ。
遠慮がちにおずおずと母に言ってみた。
「結婚式のウェディングドレスを縫ってほしい」
「いいよ」
母だってフルタイムで仕事をしていて忙しい身。いくら裁縫が得意とはいえ、素人にはハードルが高いはずだ。だが、二つ返事で快諾してくれた。
「流行の結婚情報誌だけは買ってきて」と早速母に頼まれた。
その中から私のイメージに近いものを母が縫うとのことだった。母の友人の裁縫の先生のところに通い、順調に作っていってくれた。
終盤に差し掛かって、母が突然言ってきた。
「あなたも少し手伝って。一緒に作ったことにしたいの」
ちょっと戸惑いつつも、私も先生のところに通うようになった。難しいところは終わっていて、あとは飾り付けという段階だった。
「結婚式で親子で一緒に作ったって言おうよ!」
母は何度も何度も言った。
謙虚な母はそうしたいのだろう。当時の私は深く考えなかった。
先生のところに通い慣れてきた頃だ。
「裁縫教室に通えなくなった」と、母が言い出した。
「ちょっとね、手術しなきゃいけないの。軽い手術だから結婚式にも間に合うよ。お母さんはもうやってあげられないから、あとはよろしくね」
手取り足取りだった母が、私をつき離すのは珍しい。
この時点でも根がポジティブな私は軽く考えていた。
「もう嫁に行く身だしな」と、母から言われた通りにした。
無事に迎えられた結婚式。司会の方もウェディングドレスについて上手に紹介してくれ盛り上げてくれた。母娘の手作りということで、会場も沸いた。
式の最中も母はちょっと疲れていそうだった。でも、父の隣で嬉しそうに微笑んでいた。
そう、今なら分かる。
幸せいっぱいの私に心配をかけまいと、病気の深刻度を言わなかったのだ。
子どもの頃から自分勝手だった私。
私のお願いは、母に無理をさせてしまったかもしれない。
でも、今思えば、これが母への最後のおねだりだった。
母はこれ以上はないというプレゼントを残してくれた。母も満足して逝ったのかもしれない。
それほどモテてこなかった私に結婚のチャンスが早く訪れたのも、偶然ではなかったのかもしれない。母にウェディングドレスを作ってもらうためだったのかもしれない。
母が残してくれたものは数え切れないほどたくさんある。どんな状況でも、家族のために丁寧に丁寧に生きた人。
私も未来にバトンをつなぎたい。私も私なりにできることをして生きていきたい。温かい何かを残していきたい。
身内自慢は嫌味かもしれないが、今回はこのまま終わらせてほしい。母はスーパーウーマンなまま、この世を去った。短い生涯だったけれど、素晴らしいエンディングだった。
本格的な暑い夏がやって来る。もうすぐ、母の15回目の命日を迎える。
***
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