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まだ名前のない音楽を探して

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:かなで(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
台所の引き出しの中。醤油やらカレー粉やらトマト缶やらが並ぶ雑多な空間。私はその中から一つ一つを手に取り、これは調味料、これは缶詰、これは食べ物じゃないからこっちの引き出し、そんな風に役割を決めて必要な場所にしまっていく。もともと名前のあるものに自分なりの「ラベル」をつけて、その役割が必要になったときいつでも取り出せるよう、丁寧に片付けていく。
私の仕事は、それと似ている。
ただし、私がラベルを付けるのは、
音楽だ。
 
「音響効果」という仕事をご存知だろうか。
テレビやネット動画を見ている時に、当たり前のように音楽は流れていて、その音楽を選曲したり映像に合わせて編集したりするのが、音響効果の仕事だ。普段、音楽を気にして映像を観ている人はほんの少数だと思うけれど、急に音楽がぷっつり切れたりすると、あれ、変だな? と思い至り、そこでやっと今まで音楽が流れていたことに気が付いたりする。滞ったり、変な音が聴こえて初めて、音楽の存在を感じる。例えば生活の中のインフラみたいに、当たり前のように使えていたものが、ある日急に使えなくなって初めてその価値が実感されるような、そんな、ほんの少しだけ損な仕事。
 
音響効果の仕事は、主に映像のディレクターから映像に合う曲や効果音をつけてほしい、と頼まれるところから始まる。その頼み方もそれぞれで、音楽について語る言葉のある人は「派手なオーケストラ曲をお願いします」と言ったり、その言葉が見当たらない人は「なんかいい感じの雰囲気でお願いします」と、いたく曖昧な言葉で、お任せします! と肩を叩く。
いい感じの雰囲気。これはこれで音楽を選ぶには大変難しい言葉なのだが、他にも、難しい言葉はたくさんある。
楽しい。
明るい。
泣ける。
それぞれの言葉に、音楽を選ばなければならない。それが仕事なのだ。
そのために、いつでも必要な言葉から音楽を取り出せるように、私たちは常に音楽をラベリングしている。一つのCDから「明るい曲」を取り出し、そこからどのくらい明るいのか、真夏の一番高い位置にある太陽ほどに明るいのか、秋頃のほんの少し傾いた太陽くらい明るいのか、それぞれの感覚で、正解も不正解もない世界で、何百曲もラベリングしていく。
 
そのラベリングの作業は音響効果の専売特許だと思っていたのだが、最近はそうでもないらしい。
映像制作が身近になったことにより、自分自身で映像に音楽をつける人も増えてきた。その流れでBGM専門のサイトはどんどん規模が拡大されて、提供される音楽も膨大になった。そこでは、例えば音楽のジャンル、ジャズやクラシック、などで音楽を調べることができるが、それ以外にも、明るい、暗い、などで調べることもできる。
 
今まで、音楽のラベルはそのジャンルや年代だった。70年代の洋楽、80年代のアイドルソングなど、そのラベルを見ればなんとなく雰囲気がつかめるような、わかりやすいものだった。もちろん今流行っている音楽なんかも、きっとあと少しすれば、2020年代のポップソング、とラベリングされ、はたまた米津玄師以前と以前で音楽史が区切られるかもしれない。あと少しすれば、きっとある程度括られて、新しいラベルがつくことだろう。
 
だが、今はそれらとはまた別に、サブスクリプションの音楽サービスでは、全く新しいラベルで音楽を聴くことができるようになった。
プレイリストの共有だ。それこそ、楽しい、テンションが上がる、などの言葉を入れれば、時代やジャンルの違う音楽が一堂に会す。好きなアーティスト自身がプレイリストを作っていれば、それはもう感情のラベリングですらなく、そのアーティストが選んだ、という新しいラベルと共に音楽が再生される。
うん、面白い。
ちなみに最近は、なんとAIによる作曲サービスまで登場して、ラベルをいくつも入れれば、それに沿って作曲してくれるというのだ。しかも気に入らない曲はスワイプして次の曲を聴いて、理想の曲が出るまで探していくこともできる。
うん、面白い。
とか言っている場合ではない。
このままでは、音響効果は廃業する。
 
ある程度、音響効果として経験を積んでいるので、楽しい曲も悲しい曲も、なんとなく映像やディレクターの傾向に合わせて、すぐ選曲することはできるようになってきた。だが、それではあっという間にAIに先を越されてしまう。経験の蓄積において人間はAIに遠く及ばない。
 
そんな時、一つのVTRを観た。それは書道家が大きな紙に大きな筆で文字を書き連ねていく、迫力と洗練さを感じるVTRだった。書道家は和服姿だったし、音響効果としては、和風の音楽でもつけるのかと思った。
だが違った。
そこにはなぜか、アコースティックギターのパラパラとした音が付いていたのだ。その曲は派手なわけでもなく、たまに音をポロロンと弾くような曲。
なぜだろう。不思議だった。どう考えても関連性がない。
書道とアコースティックギター。
どのラベルも付けられない。
 
後日、そのVTR担当の音響効果と話をする機会があり、聞いてみた。
その人はこう言った。
「筆から墨が落ちる感じが、アコースティックギターの音っぽかったんだよ」
驚いた。
墨が落ちる一粒を、アコースティックギターの音の一粒に置き換えた。
楽しいでも、和風でもない、新しいラベル。
一粒の音。
きっとこれは、AIにはできることじゃない。
私たちに未来があるとしたら、きっと、この場所なんだ。
 
私はずっと、その曲に合うラベルを探しながら音楽を聴いていた、と思っていた。
でも違った。
私は、ラベルに当てはめようとして、音楽を聴いていたのだ。
それはとても便利なことかもしれないが、こんなにつまらないこともない。
仕分けられないものがあっても良い。
たまには雑多でも良い。
調味料の棚の中にフルーツ缶が入っていたって良いかもしれない。角度を変えれば、それはフルーツケーキの材料にだってなり得るのだ。
うん、面白い。
一度全てのラベルをとって、まだ名前のない音楽を探しに行こう。
 
 
 
 
***
 
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2020-06-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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