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父のいない父の日に「。」を打つ


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:垣尾成利(ライティング・ゼミ通信限定コース)
 
 
父が亡くなり、早いもので7ヶ月が経った。
 
死因は肺炎だった。
肺は悪くなると酸素を取り込む力が弱くなる。
そして、最終的に体内に酸素が取り込めなくなってしまうと、いくら体が元気でも手の施しようがなくなってしまう。
 
初めて肺炎と診断されたときは家族全員が楽観的過ぎた。
入院して治療すればすぐに良くなる。そう信じていた。
しかしながら肺炎とはそういうものではなく、一度悪くなり肺の機能が低下すると元に戻らないのだ。
 
ある程度悪化すると、通常の呼吸では酸素が足りず、酸素ボンベのお世話にならなければならないのだが、高濃度の酸素は人体に悪影響で一気にダメージを与えてしまい、生きるための手段が同時に命を削ることになってしまう。
 
そんなことも深く理解せずにいた私は呑気すぎた。
 
亡くなる二日前に少しおかしいと言う父のサインを軽く見てしまったことが引き金となり、一気に容体が悪くなった。
 
まるで眠るようにとはよく言ったものだ。
心構えも覚悟も何もないうちに、父はあっという間に人生の幕を降ろしてしまった。
幸い最後に立ち会うことはできたのだが、酸素を取り込む量を示す計器の数値どんどん落ちていくのを前に、もう駄目なんだな……思いながらも、声に出して「ありがとう」を伝えることも、「お父さん!!」と呼びかけることもできないままになってしまった。
 
それから7か月、母は気丈に振る舞い、少しずつ何かを片付け、少しずつ前に進んでいるが、私はやらなければならないと思いながら、相続手続きや遺品の整理など、ほとんどのことがなにも手が付かないままになっている。
 
自分の中で時が進まないのだ。
 
涙が出ないのもそのせいだ。
 
父がなくなってから今日まで、私は父の死を悲しんで一度も泣いていない。
葬儀でも、その後も、涙が浮かんでこないのだ。
 
悲しいことがあったとき、人は泣いて気持ちを整理して、過ぎたこととこれからのことに線を引く。
泣いて、現実を受け入れて区切りをつけていくのだ。
 
しかし、私はそれができないままになっている。
 
向き合えない現実は、書きかけの文章だ。
 
締切がないから、いつでもいいや、と後回しにしてしまうが、いつかは最後まで書き上げて「。」を打たなければ、いつまでも心のどこかに引っ掛かったままになってしまう。
 
父のことは、私の中では書きかけのままになっていて、「。」が打てないままになっている。
 
葬儀では、喪主として挨拶をしなければならなかった。
挨拶の文章を準備するときは、泣きながら書いた。
でもあの涙は、父の死に対する悲しみの涙ではなくて、喪主として、参列してくださった方々の心に残るように、父を忘れないで欲しいと願う気持ちを込めて書いた文章を書きあげた納得と安堵から溢れた涙だったと感じている。
 
息子としては、いまだに父の死という現実に向き合うことを恐れ、認めることができずにいて、無意識に避けているのかもしれない。
 
泣いてしまうと、現実を受け入れなければならない、それを拒む気持ちがどこかにあるのだろうなと思う。
 
頭ではわかっている。
 
父はもういない。
 
でも、遺骨がまだそこにあるからか、父の寝顔が余りにも自然だったからか、実感が湧いてこないのである。
 
父の死を悲しみ、泣いて、受け入れてしまえばよいと思うのだが、現実に向き合えず、書きかけの文章は止まったままだ。
 
なぜだろう? 後悔しているのか? 最後に、息子としてもっとしてやれることがあったはずなのに、できなかったと悔やんでいるのだろうか?
自問しても答えは出ない。
 
思えば、思春期以降、ずっと父が苦手だった。
なんでもできる父で頑固で真面目で努力家だった。
私はと言えば、正反対で、相容れないことも多く、大人になってからも腹を割って話すことも少なかった。
 
一度も「おやじ」なんて呼んだことも無かったし、二人で杯を交わすことも無かった。
 
でも、そういう親子関係に憧れていたから、いつかはそういうことができたらいいな……と思っていたが、結局叶わないままになってしまった。
 
現実に向き合えないのは、後悔が多いからで、向き合おうとする度に書きかけの文章が増えていくと感じているからだろう。
 
そんな中で、父のいない父の日がやってきた。
 
去年の父の日は、状態は悪かったけれど、それでも元気だった。
健康を気遣って、プレゼントはいつも体に良いものを選んで贈っていた。
 
「この夏を上手く乗り切れるか気合が入ります」のお礼のメッセージからも、父も自分の状態が良くないとわかっていることが伝わってきたが、恥ずかしさや照れくささもあって、励ましの言葉を伝えたり、頻繁に様子を見に行くこともしないまま、いつか元気になってくれるだろうと楽観的だったことを悔やんでしまう。
 
「お父さん、ありがとう」
 
これまで何度でも伝えるチャンスがあったのに、いつでもいいや、また今度、とそのチャンスを逃していた。
なんで元気なうちにもっと感謝を伝えなかったのだろうか。
この、たった一言が伝えられないんだな、そう思うととてもさみしかった。
 
長い人生、いろんなことがある。
泣いて、線を引いて、受け入れていかないと時間が進まないこともたくさんある。
 
向き合えなくて、「。」が打てないままになっている書きかけの文章はないだろうか。
それが今しか書けない文章ならば、内容は何だっていい。結果はどうであれ、一気に書きあげて「。」を打ったほうが良い。
 
今日は父の日。
 
笑顔の父の写真の前で「お父さん、今までありがとう」と伝えたら途端に涙が溢れてきた。
涙が潤滑油になったのか、父ともっと話したかったこと、一緒にやりたかったことがいっぱいあったこと、言えないままになっていた「ごめんね」があったことも伝えることができた。
 
ようやく、ずっとそのままになっていた書きかけの文章に、ひとつ「。」を打つことができた。
 
 
 
 
***
 
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2020-06-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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