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メディアグランプリ

心の中の空模様は「雨のち虹」


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:川﨑 裕子(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「何、この雨!」
 
夫の仕事の関係で、私は1年間イギリスに住んだことがある。嘘かと思うかもしれないが、本当にだいたい毎日雨が降る。
 
毎日と言っても、日本のように1日中シトシトと振り続けることは少ない。1日の中で少しの間、パラパラと降るのだ。
 
が、その日は珍しく、大量の雨が降っていた。雲が厚く、すぐには止みそうにない。当時、イギリスの雨にうんざりしていた私。窓の外を見て、冒頭の言葉が思わず口に出てしまった。
 
私は、保育園に通う娘を徒歩で送り迎えしていた。その日は幼い子を連れて歩くにはしんどそうな天気だった。だが、私たちには、車がなかった。また、家から保育園まで、タクシーを呼ぶほどの距離でもない。バスの時刻もちょうどいいものがないし、この大雨では予定通りに来るかも分からない。
 
「幼い娘が雨で濡れてしまうのは忍びない」
「まあでも帰り道だけだし、家ですぐに温まれば風邪も引かないだろう」
 
一人問答を終え、備えをして徒歩で行くことにした。いつもの折り畳み傘ではなく、大きな傘を引っ張り出した。娘の手を引いてでは満足に傘をさせないかもしれないから、カッパも用意した。「娘の傘に、カッパに長靴と……」と準備万端のつもりだった。
 
「今日の雨は酷いですね」
「あら、そのカッパ、素敵ですね!」
先生方と談笑しているうちに、帰る気力が出てきた。
 
「あとは帰るだけだ。濡れてもいいからとにかく急ごう」
娘の手を必死に引っ張り、大雨に打たれながらなんとか家路に着いた。
 
軒先でホッとしたのも束の間。
「あれっ?!」
いくら探しても鍵がない。
 
どうやら、大雨に気を取られ過ぎて鍵を家の中に置いてきてしまったようだ。イギリスの住宅はオートロックが一般的だ。住み始めて以来、ゴミ出しの時でもいつでも鍵を持ち歩いて気をつけていた。なのに、こんな時に限って忘れてしまうなんて……。
 
「どうしよう。どうしよう」
仕事中の夫に何回かけても電話はつながらない。
 
どうせ家に帰るだけだからと、結構濡れてしまった。辺りは暗くなり始め、気温はどんどん下がっていく。
 
「パパーーーーー!」
私が夫に何度も電話をしている間に、とうとう娘が泣き出してしまった。寒くて、体も震えてくる。雨具に気を取られて、鍵だけでなくタオルやハンカチも家に置いてきてしまった。
 
下の階の人は引っ越してしまったばかりだった。お隣りさんも帰宅している気配はない。他に歩いて行ける範囲に知り合いはいない。街中に住んでいるわけではないので、近所のカフェなども夕方には閉まってしまう。
 
「どうしよう。どうしよう」
 
ここで待っていても仕方がない。私はセキュリティオフィスに行ってみようと思い立った。歩いてそう遠くないところにある。
 
「もし、まだ誰かいたら、スペアキーで助けてくれるかもしれないから」
泣きべその娘に事情を話した。徒歩でまた濡れながらセキュリティオフィスに向かった。
 
セキュリティオフィスの重い扉を押してみた。幸い、ドアに鍵はかかっていなかった。中は薄暗く、誰もいない。ひとまず、その場で「ハ、ハロー」と奥に響くように言ってみた。
 
異国の地で、大人にとってもちょっと怖いシチュエーション。返事が来るのを期待しつつ、娘に恐怖心を与えないようにお喋りをしながら待った。
 
程なくして、奥から、セキュリティガードの男性がやってた。「146号室に住んでいる、川﨑です」と名乗り、事情を説明した。
 
「ちょっと待っててね」男性はまたいなくなってしまった。最初にドアを開けてから、そんなに時間は経っていないはずだが、やたらと長く感じる。
 
男性が別の部屋から戻ってきた。そうかと思うと10個くらいくっついた鍵の束を娘に渡した。
 
その男性はしゃがんで娘の目を見た。「私のために、これを管理してくれるかな? さあ、行こう」と娘に声を掛けてくれた。
 
鍵を渡されたとたん、娘の表情は和らいだ。それでいてシャンとしたしっかりとした表情になった。
 
家まで歩いている間もその男性は娘に話しかけてくれた。
「これはママのせい? あなたのせい?」
「ママ!」
「ママはおばかさんだね」
なんて掛け合いを聞いているうちに、私の気持ちも和んできた。
 
家に着き、男性が鍵を開けてくれた。私たちは丁寧にお礼を言いった。彼はこんなことは何でもないと言った感じで、軽やかに帰って行った。
 
娘の第一声は、笑顔で「He is nice!」だった。
泣きじゃくって「ママ、こわかったよー」とか、怒って「なんで鍵を忘れるのよー」と私を責めるでもなく。
 
どうやら幼い娘には、その男性のインパクトが一番強かったようだ。最悪の思い出になりかねない出来事も、彼のおかげで素敵な思い出に変わった。しかも、あの日は大雨だったのではなく、晴れていたのではないかという錯覚にまで陥いってしまう。
 
たった1年のイギリス生活は慣れないことだらけだった。毎日の雨にうんざりもしていた。ただ、この大雨の日の出来事のおかげで「雨も悪くないな。何でも気持ちの持ちようだな」と思えるようになった。
 
誰も雨を止めることはできない。でも、どんな時も彼のように周りの人を助けたり明るくしたりすることはできる。嫌になりかけていたイギリスで、心に虹をかけることを学んだ。
 
 
 
 
***
 
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2020-07-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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