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父のエンディングノート

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:吉田まりえ(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「ちょっと話がある。近く、うちに来てほしい」
父から私と妹に連絡があった。
いかにも、何か大事な要件がある風な言いぶり。
「なんだろうね」と休日に、妹と父の家に出掛けた。
 
「エンディングノートをつくったから、その内容を説明したい」と父は切り出した。
 
エンディングノート。
死を迎えるにあたって、残された家族が困らないように、自分の考えを事前にまとめて、伝えることを目的で書くもの。遺言とは違い法的な拘束力はなく、決まった書式や項目はない。最近は、市販品が書店や文具店の他、ネット通販でも購入できる。
私は、聞いたことはあったが、実物を目にしたことはなかった。
 
父は、NPOが主催する1DAY終活セミナーで学んだエンディングノートを活用して作成していた。「家族がどんな情報を求めているか、相談するのもよい」と助言があり、エンディングノートのお披露目と相談がこの日の目的だった。
 
早速、順を追って、父の話を聞いてみることにした。
 
―葬儀とお墓―
 
「葬儀は、家族葬。あとは最低限のことをすればいいから」父は簡潔に結論を言った。
「……。お父さん、私たち、その最低限がわからないんだけど」
幸い、親族の通夜や葬式も、長い間、経験がなかった。
結局、全部説明してもらうことになった。
 
通夜、葬儀、規模、時間帯、祭壇、戒名、お棺に入れてほしいもの、喪主、読経、花、焼香、挨拶する人、香典、火葬場、会葬礼状など、ざっと30項目はあった。
 
「お葬式って、こんなに決めることがたくさんあるの!?」
私たちは、驚くばかりだった。
父は、多くは不要だったが、これを亡くなってから家族が決める葬儀って、大変だ。
 
「棺掛け、死装束、通夜でかけるCD、遺影はここに準備しているから」
と父は、「準備ケース」と書かれた押入収納ケースから一式出してくれた。
 
「お父さん、この写真、笑顔がすごくいいね」遺影は、写真館で撮影したそうだ。
「死装束は、この浴衣と帯。どんな季節でもこれでいいから」と父は言った。
「お父さん、この音楽流すの?」お経代わりに流すというCDを聞いてみた。
「そう、いいやろ」父は、その音楽に耳を傾けて満足気だった。
壮大な気持ちになるが、悲しむことが難しいような音楽ではないか。
 
葬儀は、私たちに負担をかけないように、でも別れひと時を演出するものだけ父のこだわりが表現されている。なんだかイベントの演出シナリオのようで笑ってしまった。
 
「お墓はいらないけど、海に散骨してね」
宇宙と自然に帰るという理由で、父は海への散骨を希望していた。
 
「海に、遺灰を撒いていいの?」
骨壺から、遺灰をつかんで、風に向かって散骨するイメージを抱いた。
「いい。だけど、撒くのは少しだけにしてね」
海への散骨は、自然葬とも言うらしい。個人が、遺灰を節度もって散骨することは法律違反ではないが、海水浴場や養殖場などがある場合は、自治体が禁止しているところもあるらしい。なるほど。父は、それらを調べて、散骨可能な場所を特定していた。
 
法要は不要だった。父は、形に残るものや儀式を希望していない。
自分の血がつながる、本当に身近な人の心の中に残ればよい。それが父の意思だった。
 
―銀行口座・保険などの契約―
 
父とお金にまつわる話をしたのは、この時が初めてだった。
親のこととは言え、やはりお金の話はしにくい。
父の年金額、銀行口座、生命保険契約、クレジットカード情報を知った。負債はなかった。
葬儀と家財の片づけ費用は、生命保険の死亡保障で賄えるという説明を受けた。
これらの証書などの書類も「準備ケース」に一式収められていた。
 
友人は、実父が亡くなった時、契約している銀行口座がどこに、どれだけあるかの把握が大変だったと言っていた。父から情報を開示して、まとめてくれるのはとてもありがたい。
 
―親族などの連絡先―
 
父は、家族葬に参列を希望する親族の連絡先だけを記載していた。
「お父さん、習い事してるでしょう。連絡なく欠席したら、先生たち心配しない?」
「心配するかも」
「お父さんが日頃、定期的に交流している人達には、お礼を兼ねて連絡したいけどな」
「じゃあ、習い事の先生と地域のお世話の連絡先を追加しようか」
「お願いね」
 
他に、献体の意思、尊厳死、法要、家財道具の処分、各種解約や連絡すべき窓口の一覧と続いた。話をしてみると、なかなかのボリュームだった。
父は、エンディングノートをまとめるのに1年近くかかったらしい。
書くだけでなく、調べたり、書類をまとめたりの作業を並行して行ったからだ。
 
「お父さん、私たち、頑張るけど、全部できるかなあ……」
父が時間をかけてまとめたエンディングノート。その意思は最大限尊重するつもりだ。
ただ、父の完璧さを性格的に受け継がなかった私たち。
 
「お父さんの気持ちだから、後は任せる」
遺言のような法的拘束力はないエンディングノートは、それでよいらしい。
父は、仕方ないなと言わんばかりに、苦笑していた。
 
父の人生の終わりについての話だったが、不思議と悲壮感はなかった。
後日、習い事の先生などの連絡先を追加したエンディングノートが郵便で届いた。
 
改めて、エンディングノートを見直しながら、父の活き活きと話す姿を思い出した。
 
エンディングノートは、自分の人生のシナリオなのだ。
残された家族のために役立つ。家族とのコミュニケーションツールとしても有効だった。
 
それ以上に、どう家族や親しい人とお別れをして、関係性を持ち続けるか、自分で考えて、整理したり、決めたりすること。父を見ていて、人生の最終章の演出家になって、自分の生き方を考えることが、自分の自尊心を高めることになるのではないかと思えた。
 
実は、私もエンディングノートのまねごとをして、お金に関する書類などをまとめ始めた。
年齢的にもエンディングは、いつやってくるかわからない。
残された家族のためにする作業は、自分は1人ではないと実感できる作業でもある。
父が活き活きする姿の理由がわかったような気がしている。
 
 
 
 
***
 
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2020-07-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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