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私の短所が知らせてくれること


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:わかいく(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
小学6年生の授業中、自分の長所と短所を書かされたことがあった。
配られたプリントの長所欄には《良いところ、誇れるところ》と補足があり、短所欄には《悪いところ、直したいところ》とあった。
この《直したいところ》という文字を見て、ほどんど反射的に、短所の欄に書いた。
『飽きっぽいところ』
ある経験が、トラウマになっていた。
 
その1年ほど前、私は、エレクトーンを習うことを熱望していた。
つやつやと輝く二段の手鍵盤と、足元にずらりと並ぶペダル鍵盤。
それらを軽やかに操れるようになりたくて、しぶる母を相手に、何日も頼みこんだ。
願いが叶えられたら、レッスンと練習を欠かさないことを約束した。
ついに熱意が認められ、間もなく、家に新品のヤマハ製エレクトーンが届けられた。
リビングに運ばれたその堂々たる姿に、嬉しいやら照れくさいやら、にやけ顔が止まらなかった。
 
それからどのくらいの間だったろう、胸を躍らせながら鍵盤に向かっていたのは。
1か月、いや、1週間だったかもしれない。
信じられないくらい急速に、熱が冷めた。
 
あれだけ切々と訴えた手前、とてもじゃないけど「やめたい」とは言い出せなかった。
高額なエレクトーンを買ってもらっている、という責めもあった。
それでも、どうにもやる気が起きなかった。
取り繕っても無駄なくらい身が入らない調子の私は、母からたっぷりお説教をもらった。
義務感でレッスンを続けたが、結局、1年ほどでやめてしまった。
母は呆れ顔だったが、内心、自分が一番自分に呆れていた。
 
その後の十数年、弾き手を失ったエレクトーンは、実家のリビングに黙って佇んでいた。
大人になって家を出た後も、帰省してその寂しげな姿に対面するたび、苦い罪悪感を味わった。
 
自業自得なのは重々承知だが、この経験はショックだった。
最大のショックは、憧れの三段鍵盤を備えたあのエレクトーンを、自分の恥ずべき短所の象徴にしてしまったことだ。
 
プリントの短所欄に、悔しさをこめて「飽きっぽいところ」と書き込みながら、誓った。
「これは私の最悪の短所だ。いつか必ず直さなければ」
 
その後も、「すぐ飽きてやめる」実績は積み上げられていった。
たとえば3日坊主の代表格とされる日記。私の場合、たいがい1日坊主で終わる。
そのくせ何度もその気をおこすので、その都度はりきって仕入れた上等のノートが、ひきだしの中に何冊もたまっていった。
部活動においては、中学のバスケ部、高校のテニス部、どちらも中途退部。
習い事でも趣味でもちょっとした習慣でも、やることなすこと、続かない。
 
「はじめたい」と思ったときはたしかにあった熱意の炎が、気がつくと煙になってくすぶっていることが、よくある。
そうなってしまうと、打つ手はない。できることは、煙が消えるのを見ていることだけ。
 
大学生にもなると、さすがに焦りを覚えた。
周囲の友人達の、趣味へのこだわりや勉学への粘り強さを目の当たりにし、「このままではいけない」と思った。
が、現実は、「やめてはいけない」と強く思えば思うほど、続けることが苦しくなる。
結局やめてしまい、失望と挫折感を味わう。
「これなら、最初から何にも手をつけないほうが無難だ」と投げやりにもなった。
 
なぜ、自分はこうも飽きやすいのだろう。
落ち込んだときは、いつも自分のなかに原因を探った。
繰り返しが苦手だから、根気がないから、衝動的だから、わがままだから、などなど……。
自分の不甲斐ない点を数えあげても、何かちがう気がする。
そもそも飽きることに原因などあるのか、分からなかった。
 
どうしようもできないまま、結局、私は音を上げた。
この短所を、温存するしかなかった。
温存とは、そのままのかたちで置いておくこと。
 
この短所温存の副次効果のように思えることが、ひとつあった。
人一倍飽きやすく続けられないという短所をカバーするために、編み出された方法だ。
言ってみれば、スタートダッシュ法。
何かを修得したいとき、最初の段階で、集中力を大量に発動させる。
そうしてスタートで人よりも頑張れば、人より早期にやめてしまったとしても、人並みにはできるようになっているという理屈。
つけ焼刃の屁理屈だが、こうでもしなければ、本当のダメ人間になってしまうという危機感があったのだと思う。
 
スタートダッシュ法によって、学校でも仕事でも、大体のことは問題なく運んでいった。
「理解がはやい」「要領が良い」などの理由で、良い評価を受けることもあった。
おそらくは短所をカバーするために編み出された方法が、いつしか「集中力が高い」という長所として認定されていった。
長所を認めてもらうことは、理屈ぬきで嬉しい。
自然と、もっと磨きをかけようという気にもなった。
 
温存された短所の方は、相変わらず手がつけられず、放っておかれた。
何も変わっていないので、同じことを繰り返しては落ち込む。
ほとほと嫌になることもある。
だけど10年も経てば、以前のようにひどく傷つくことが減っていった。
気づけば、飽きやすいという性質は、まるで生まれつきであるかのように思えていた。
長く温存し続けた短所を、徐々に受け入れていったのだと思う。
 
きっと誰にとっても、自分の短所は、嫌なものである。
小学校のプリントに書かれていたとおり、《悪いところ、直したいところ》というのが、短所の説明としては正しいかもしれない。
だけど、「短所は悪いもの、直すべきもの」という考えは、まったく正論なだけに恐ろしい。
 
私の場合、短所を「直すべきもの」と思い込んでしまったことで、ずっと自分で自分の首を締めていたようなものだった。
短所を直すことにとらわれていた頃、それができない私は、一向に前に進めなかった。
不可能を可能にする魔法のような方法を探して、もがいていた。
 
もがき続けた苦しさに音を上げて、とりあえず短所を温存したことが、大きな第一歩だったと思う。
今は、魔法を探すのではなく、「飽きないでいられるコト」を、地道に探していたい。
たとえその結果、又ひとつ実績を積み上げてしまったとしても良いぐらいに思っている。
 
このライティングゼミが4か月にもわたることを知りながら参加したとき、心のどこかで「途中でやめるかもしれないなぁ」と思っていた。
だけど、今、飽きずに熱意をもって続けられている。
たまには、私にだってこういうことが起きる。
私の最悪の短所の手にかかっても、生き残るもの。
それは、自分にとって何らか特別の意味があるものだということを、この最強の短所は、知らせてくれてもいる。
 
 
 
 
***
 
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2020-07-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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