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わたしの上司は花咲かおじさん

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:Yuriko Kato(ライティング・ゼミ5月開講通信限定コース)
 
 
「えっ、じゅうはちはちですか?!」
「そう、じゅうはちはち」
私の上司は、自宅で胡蝶蘭を育てている。
その数、なんと18鉢。
購入したのではない。会社の新店舗オープンや新社長就任など様々な行事に関係先からお祝いとして頂いたものだ。
ご存知の方も多いと思うが、お祝いの花として定番である胡蝶蘭の鉢植えは一枝に沢山の花をつけるため華やかで、比較的長い間楽しめるのだが、一つまた一つと花が萎んで落ち、最後は硬くて肉厚の葉だけが残る。きちんと世話をすれば、また花を咲かせてくれるのだが、一般的に育てるのは難しいと言われ、鑑賞すべき花が終わると、だいたい場所をとるだけのやっかい物扱いされる。
そんな寄る辺ない胡蝶蘭を引き取るうちに、18鉢にもなったらしい。
 
温室があるわけではない一般的な住宅での胡蝶蘭のお世話は大変だ。
花が終わると、寄せ植えされていた株を一つ一つに分け、余分な泥を落として植え替えをする。
陽の光に当ててあげなければいけないので、朝は出窓にならべ、夜は冷気が当たらないように部屋の真ん中に移動させる。
新芽がでてくると、さらにやっかいらしい。
ちょっと触れただけでぽっきり折れてしまう新芽に、あちこち好き勝手に伸びる葉が当たらないように、そしてどの胡蝶蘭にも万遍なく陽が当たるように出窓内のポジションを毎日替えなければならないと言うのだ。
それを毎日、18鉢。
毎年花を咲かせて、自宅から会社に運んで飾り、花が終わるとまた引き取って育てているのだ。
そんな気が遠くなるような根気のいることができるなんて、さぞかし世話好きな、どちらかというと仕事より家庭が大事な柔和なおじさんを思い浮かべられたことだろう。しかし、失礼だが私の上司は見た目も仕事ぶりも花のお世話をするようには到底みえない。
週末はゴルフ、車はアテンザ、腕時計はチューダー、ロレックス、フランクミューラーを日替わりで着け、ピンクのワイシャツやネクタイを着こなす、イケメンではないがちょっとおしゃれな昭和のおじさんといった風貌。
どちらかというと無口、無表情で淡々と仕事をこなす総財務直轄の取締役で、不景気の時もあの手この手で財政を立て直してきた敏腕金庫番だ。ガードが固くて、初対面では雑談すらしてくれなさそうな雰囲気を醸し出している。
最初に園芸が趣味だと聞いた時は、正直信じられなかった。
 
私がその取締役と仕事をするようになったのは4年ほど前、社内に新規事業を立ち上げたことに始まる。
その事業の担当者は私一人だった。さすがに財務面のサポートが必要だということで、総財務直轄の取締役がお目付役となったのだった。
はじめのうちは先入観も手伝って、必要最低限の事業報告だけをしていたのだが、出張に同行してもらう機会が増えるうちに、移動時間やアポイントの合間にプライベートな話も聞くようになった。
 
飼い猫の背中の模様がハート型になっていること
種から大事に育てた楓をその猫に全部食べられてしまったこと
育てたバラは花瓶にいれて家の中に飾っていること
ピンポンパ―ルという金魚を飼っていて、週末は水槽の掃除が大変なこと
18鉢の胡蝶蘭は家族に迷惑がれていること
退職したら田舎で農業をやりたいと思っていること
 
冗談っぽく面白く語ってくれる訳ではなく、本人はいたって真面目に訥々と話してくれるのが、逆に可笑しくてたまらない。
こんなに見た目の印象と内面のギャップが大きい人も珍しい。
笑いながら聞いている私を不思議そうに眺めながら、胡蝶蘭の近況を事細かに説明してくれた。
 
いつの間にか私は、仕事のことを何でも相談するようになっていた。
どんな時でも、的確なアドバイスをくれた。
「目の前のことを誠実にコツコツと取り組む。結果も評価も後からついてくる」
社内でのポジションに悩んでいると、システムエンジニアとして入社した自身の経歴を話してくれた。
私の頑なで不器用なところは、黙っていてもしっかり見抜いていた。
「君は、変なところで遠慮をして人を頼れないね」
事業担当が一人だと、イベントの会場設営や資料準備などで苦労する。だが、他部署の人間に雑務のような事を頼むのは気が引けて、遅くまで一人でやっていた。そんな私を見かねて、総財務部の部下を引き連れて自らも準備を手伝ってくれた事もあった。
 
私の上司は、胡蝶蘭を育てるのが趣味なちょっと変わったおじさん、ではない。
花を咲かせるように、人を育てる人なのだ。
口うるさく、指導しようとはしない。常は黙って見守り、それぞれの個性を見極めて助言をし、必要なら手を差し伸べる。
新芽が出て不安定な枝を支柱にそっと沿わせ、伸びる方向を観察し、必要な陽の光と水と栄養を与える胡蝶蘭のように。
仕事も人も花も、毎日地道にコツコツと誠実に向き合う。
 
「今年も咲いたよ」
6月のある日、白く美しい胡蝶蘭の鉢を私のデスクに持ってきてくれた。新規事業を立ち上げたお祝いに頂いたその胡蝶蘭は、今年4度目の花を咲かせた。
 
事業を地道に育て、立派な花を咲かせること。
それが、私を辛抱強く見守ってくれる上司への恩返しだと思っている。
 
 
 
 
***

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2020-07-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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