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笑って人生を終えるためにできることは?


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:古屋 美穂(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「お父さんが危篤らしい」
 
いつも鳴りを潜め静かにしている私の携帯に、着信があったことを知らせる表示が出ていた。何事かと眉をひそめ、着信履歴を見るとそれは母からであった。
 
高校を卒業後、家を出た私は、母とは特に仲が悪いわけではない。しかし、用がない限り連絡をしない親子関係だ。折り返し電話をすると、父が危篤とのことだった。
 
一瞬、「えっ!」とは思ったが、私も親が他界してしまう歳になったのだなという感覚しかなかった。実の父と別れが近づいているなど全く実感が湧かない。まるで他人事のようだ。
 
危篤と聞いてもすぐに駆け付けられる距離ではない。そもそも、母の「らしい」から分かるように父と母はすでに離婚している。父と最後に言葉を交わしたのはいつだろう。今どこに住んでいるのか、何をしているのかさえ知らなかったのだ。ただ、再婚したと風の噂で耳に入っていた。
 
それでも血の繋がった関係だ。恨みつらみはあるが、娘としてけじめをつけようと再婚したであろう女性と連絡を取った。間に合わないかもしれないからと、電話越しに父に話しかけてくれという。私は戸惑った。いったいなんと声を掛けていいのか、全くわからなかったのだ。声がのどに詰まる。それでも一言でいい。最期に娘であった私の声をなんとか届けなければ後悔するという気持ちに後押しされ、ゴクリと唾を飲み込み、大きき息を吸い込んで声を絞り出した。
 
「お父さん、わかる? ○○だけどわかる?」私にはこれが精いっぱいだった。
 
「んん…… んん……」と苦しそうに言葉にならないうめき声が聞こえたが、間違いなく父の声だった。意識が朦朧とし、かけられた音に反応して声を出しただけかもしれない。しかし、私の声は届いていたと思うよりほかにはなかった。父の声を聞いた途端、忘れかけていた父との思い出が、暴れる獣のようにグワッと私の体を一気に駆け巡った。幼いころの私は、父が大好きだったのだ。鼻の奥がツンっとし、息が詰まる。激しく動揺する心とはうらはらに、静かに涙が頬を滑り落ちた。
 
翌日、電話で声を聞いた後、父は息を引き取ったと連絡があった。まだ肌寒いが、新芽が息吹はじめたばかりの今年の3月末のことだった。
 
晩年、父は兄や私に対して申し訳なかったと、私たちの事が一番の心残りだと、日々口にして後悔していたらしい。幾度か、連絡しようと試みたらしいが勇気がなかったとのことだった。人間、死んでしまったらお終いだ。いくら後悔しても何もできやしない。
 
私たち兄妹は、もう永遠に父と和解することも、意思を交えることも、思い出を語り合うこともできない。父との関係は、永久凍土のように冷たく凍てついたままになってしまった。
 
そんな父とのことでふと、思い出したことがある。父は定年したら日本一周をしたいといっていたことがあった。果たして、それは叶えられたのだろうか。
 
某番組で、デヴィ夫人が「死ぬまでにやりたい10のこと」という余生を充実させるための企画をしていた。「逆上がり」や「スカイダイビング」など様々な夢を叶えていた。誰にでも死ぬまでにやってみたいとが1つや2つはあると思う。ただ、きっかけが無かったり、子育てが終わったら、定年したらと先延ばしをしているのではないだろうか。私のやりたいことのなかにも「スカイダイビング」がある。やはり、実行するきっかけや行動力がなく、なかなか重い腰が上がらないのが現状だ。
 
ただ、子育てが落ち着いてきた数年前、このまま老いていくのだろうかと不安に感じたことがある。この時、大きなことはすぐにできないが、目の前に転がったやり残しや未体験の事があればチャレンジしてみたり、どんなに些細な幸せでもひとつでも多く掴み取ろうと決めた。
 
そしてこの決意があったから、父の最期に声を届かせる事ができ、父が大好きだった幼いころの記憶も蘇った。葬儀にも参列しないと突っぱねた兄が、父の棺を運ぶ姿を見ることもできたと、自己満足だがそう思っている。
 
やりたいことがあるのならば、出来る限り早いうちに叶えることをお勧めしたい。後悔していることがあるならば、早急に勇気を出して解決しよう。人生100年時代といわれているが、のんびりしていたらあっという間に歳を取る。健康で怪我などなく100年を過ごせればいいが、人生いつ何があるかわからない。大阪で阪神淡路大震災、東京で東日本大震災を経験した。最近は自然災害も頻発している。まだ命の危険に晒された事はないが、いつ自分に降りかかってくるかわからない。悔いのないように、ひとつでも多くの経験や幸せを積み重ね、笑って人生を終わりたい。
 
近々、仕事を辞めて以前からやりたかった日本一周をしようと思うという青年がいた。若いうちだからこそ出来る事もたくさんあるだろう。訪れた先での様々な経験が、その先の長い人生の糧となるに違いない。後悔しない人生のためにも、ぜひ叶えてほしい。
 
希望に満ち眩しく輝く青年の背中をそっと見送ろう。無事に笑顔で戻ってくることを祈って。
 
 
 
 
***
 
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2020-07-21 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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