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素っ裸で寝て気づいたこと


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記事:しお(ライティング・ゼミ通信限定コース)
 
 
7月も半ばに入り、短い札幌の夏がようやく訪れた。とはいえ、短いだけであって、暑さを容赦してくれるわけではない。
その日、シャワーを終えた私はストッキングにジーパンとシャツを身につけ、布団に潜り込んだ。すぐに外へ出られる服装で寝るのは、朝が弱い私の習慣である。こうすれば、寝癖とメイクだけなんとか整えて、ギリギリ人に会う格好になれる。
それにしても今夜は暑い。暖房はあるが冷房のないアパートの一部屋。日中雨が降っていたので閉め切ったまま、湿気と熱がサウナ状態である。さっきかけたばかりのドライヤーの熱が枕に染み込んで、追い討ちをかける。
 
布団に入ってから1時間半が経とうとしていた。一向に寝られない。どうしよう、明日は午前中に企業の面接があるのに。
面接といえば、先週のは散々だったな。あの時も遅刻寸前、なんとか間に合ったけれど、焦ってしどろもどろになってしまった。ノートにたくさん書き出して考えた自己PRも志望動機も、全部頭から抜けてしまった。なんで私っていつもこうなんだろう。いつからこんなにだらしなくなったんだろう。ああ明日大丈夫かな。
 
それにしても暑い。先週のムシャクシャを思い出したら、なんだか体温が上がった気がする。布団はとっくに跳ね除けていた。今度は首元に触るシャツの襟が気になりはじめる。
 
いいや。もう脱いでしまおう。寝坊したらその時だ。
 
下着も張り付いて気持ち悪い。立ち上がった勢いとイライラに任せて、全部洗濯機に放り込んでしまった。
赤ちゃんぶりに、素っ裸で掛け布団の上に横たわる。汗で湿った肌がスースーする。やっと少し涼しくなった。そわそわしたのは数秒で、その後はなんともいえない開放感。そうか、家では裸になろうが誰も見ちゃいない。
 
気づいたら翌朝になっていた。あの後すぐに眠ることができたのだ。睡眠時間は結局4時間ぐらいなのに、スマホのアラームが鳴る前に起きたのは我ながら驚きである。
起きたら着ているはずだったシャツはしわくちゃになってしまったので、パリッと洗濯済みのシャツを出してきて腕を通す。少し余裕があるのでブラシがけしておいた黒いジャケットを羽織り、スラックスを履く。
目の前の姿見に映った就活生と向き合いながら、小学校の遠足の朝を思い出した。いつもの体操着でなく私服で過ごせるのがうれしくて、悩みに悩んで決めた洋服を枕元に置いて寝たものだ。待ちわびた朝が来れば、こんな風に姿見の前でゆっくり着替えて、「お母さん、どお?」なんて聞いたんだっけ。
 
でも、高校に入る頃には、寝ることが怖くなっていた。寝たら、提出日が、期末テストが、受験の日が、1日近づいてしまう。
朝、着替える時間がもったいなくなったのもその頃からだ。
「起きたらやり残した課題を片付けないといけないから、ブラウスは今のうちに着ておこう。いや、そもそも寝てる場合かな。何か他にもやらないといけないことがあったかも」
そして、だんだん昼と夜の境目が薄くなっていった。
「あの問題集、何ページまで進めようと思ったのに、眠くてできなかった。私って本当にダメな人間」「休み時間は昼寝したくて、話しかけてくれた友達を適当にあしらってしまったな。なんて自分勝手な振る舞いをしたんだろう」
こんな風に、寝る前の時間は、昼にあったこと、それも良くなかったことを考える反省会の時間になった。反省会は、だんだん伸びていった。
 
昨日の夜、私は衣服と一緒に、外に出るための、見られる存在としての自分を脱ぎ捨てたのだと思った。何も身につけていない身体は自分だけのもの。昨日の眠りは、昼の、ソトの自分を忘れて、ウチの自分をたった一人で甘やかせる時間だった。寝る前の反省会はもうやめよう。
そして、久しぶりに姿見の前で着替えながら、ウチからソトへ気分が切り替わっていくのを感じた。
 
パンプスを鳴らしながら、アスファルトに映った自分の影を見た。ここにいるのは、社会の衣をまとった自分。一旦脱ぎ捨てて、そして今朝着直したシャツは、相変わらずプレッシャーをかけてくる。だけど、今日こそやるぞと朝日の中で着替えた決意が、このシワのなさに表れている。背筋を伸ばしてくれる、心地よい緊張感だ。
 
それ以来、私は裸で寝るのが癖になってしまった。でも、裸が大事なわけではない。時間は1本の糸のように繋がっているけれど、境目がなくては続いていけない。私にとって、それに気づくきっかけになってくれたのが、裸で寝るという体験だったのである。
縫針は、裏地を経て表地に出ながら進んでいく。これと同じで、ウチとソトを繰り返しながら、家の中という裏地に隠れながら、規則正しく心と身体を縫い合わせていくのが、私たちの生活なのだと思う。ウチもソトも同じくらい丁寧に縫わないと、ほつれたり絡まったりしてしまう。
あと1ヶ月もすれば、札幌の短い夏は終わり、裸で寝るには寒くなる。ウチの自分を充実させてあげるために、新しいパジャマを買う計画を立てているところだ。
 
 
 
 
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2020-07-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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