メディアグランプリ

1本の傘からもらった子育ての希望と恩送り


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:武田恵以子(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「もう最悪……」
今にも泣き出しそうだった。
 
冬の日の職場帰り、急いで病児保育室へ1歳になったばかりの娘を迎えに行き、抱っこ紐の中に入れて外に出た瞬間、雨が降ってきた。今にも雪に変わりそうな、冷たい冷たい雨だ。あいにく傘は持っていない。なんてついてないんだろう。
 
育休から職場に復帰して1ヶ月も経たない頃、免疫のない娘は毎日のように熱を出す。私は職場に復帰したばかりで、そんなに休むわけにいかない。すぐに助けに来てもらえる身内も近くにいない。わたしは男社会のど真ん中にいるような職業で、会社で育休をとった第1号で、さらにみんなが深夜まで仕事をしている中でひとりだけ5時に帰らせてもらえるという制度まで与えてもらった。だからこれ以上迷惑をかける訳にいかないと肩身の狭い思いだった。
 
娘の調子が悪い朝は、抱っこ紐に入れて電車に乗り、病気でも預かってくれる病児保育室に預けるのだ。仕事を定時までして娘を迎えにいく。
 
正直、久しぶりの仕事は楽しかった。家に子供とふたりきりでいるより、外に出て仕事をしている方が性に合ってる。だけど、時短勤務の中でできる仕事は以前の半分くらい。夜の打合せには出られないし、以前のようなプロジェクトも任せてもらえない。
 
常に時間に追われるばかりで、毎朝熱を出す娘を見て途方にくれていた。仕事をしていても以前のような充足感はない。それでも休んであげられない子供にはいつも申し訳ない気持ちでいっぱい。一体、私は何がしたいのだろう。でもその気持ちを誰にもぶつけることはない。
 
そんな時に降ってきた突然の雨。傘を持っていない自分を責める。子供は風邪をひいているというのに。コートを脱ぎ、抱っこ紐の娘を守るように前向きに着て、フードをかけ、さ、駅まで走ろうと思ったその瞬間。
 
「これ、持っていって」
 
通りがかりのおばさんが、傘を差し出してくれた。
「えっ、でも……」
びっくりしてる私に
「いいのいいの。この傘いらない傘だから、返さなくていいから…どうぞ」
そう言って、傘を半ば強引に私に握らせて足早に行ってしまった。自分は濡れるというのに。
 
ありがとうをいう隙もないまま、いつの間にか私はまだ温もりのある傘を握りしめていた。顔すらもちゃんと見えなかった。
 
その傘を改めて見て、私はびっくり仰天する。おばさんがもういらないからと言ったその傘は、ビニール傘ではなくちゃんとした綺麗な傘で、しかもなんと、私が欲しかった傘だったのだ。
 
その1週間ほど前、使い続けてきた傘をどこかに忘れてきて、新しい傘を買おうとネットで物色していたのだ。その時に見つけたイエローグリーンの月の満ち欠けが描いてある傘。素敵だなと思って、お気に入りフォルダに入れていたのだった。
 
まさにそれと全く同じ傘。そんなことある!?なんと通りがかった見知らぬ人が差し出してくれたのだ。しかも傘の柄のところにビニルがかかっていてほぼ新品。きっとおばさんも最近買ったばかりなんじゃないだろうか。気に入ってたんじゃないだろうか。いらない傘って言ってたけども、きっとウソよね。だけど、確かめようもないし、もう返す術もない。
 
「おばちゃん、ありがとう」
帰り道はポカポカ温かかった。寒い冬の夜の帰り道、ささくれだっていた心がふっと軽くなっていた。胸の中の娘の顔を見ながら、よかったね、ありがとうって。
 
今もその傘は大切に使わせてもらってる。雨の日に開く傘を見ては、月のように陰ながら見守ってくれる存在を思い出すのだ。直接お礼を言うことはできなかったけど、私もあの時のおばさんのように、サッと手を差し伸べられるような存在になろうと心に誓った。
 
あれから6年。
2人目の子供が生まれたのをきっかけに退社し独立した。不思議なことに、舞い込んでくるのは女性を支援する仕事ばかりだ。
 
もうすぐ、産後ケア施設がオープンする。私は今そこの立ち上げのお手伝いをしている。
 
「産後ケア施設」をご存知だろうか?産後すぐから1歳までの赤ちゃんとママのためのケア付き宿泊施設である。助産師さんを中心に、ゆったり楽しく子育てをスタートできるようサポートする場。作り上げてるチームメンバー(助産師・看護師・保育士・栄養士)はみんな子育てを経験したママばかりだ。育児の相談はもちろんのこと、赤ちゃんを預けて久しぶりにゆっくり眠ったり、栄養満点のご飯を食べたり、ママが心身を回復させ笑顔でいられるようなサービスが用意されている。
 
子育て経験のある女性にSNSでシェアすると、みんな「いいなぁそんな所にお世話になりたかった」と口を揃えて言う。もちろん私もそのひとり。
 
ママは子供を産んだ瞬間に、これからなんとしてもがんばらなくてはいけない、と覚悟を決めるのだ。母親とはそういうものだ、と見えないプレッシャーでいっぱいになる。現に、昼も夜も皆目眠れないし、味わってご飯を食べることも、お風呂にゆっくりつかる暇もない。
 
今、自分自身のそんな時期を振り返ってみて思う。もっと周りに頼ったらよかったんだと思う。私の場合は、夫も協力的、職場の社長もスタッフもみんな想像以上に温かかった。急に休みます、と言ってもお大事にね、無理しないでね、新しい仕事のやり方を探したらいいから、そう言ってくれてたのだ。それなのに仕事に穴を開けたらいけない、迷惑をかけてはいけないと勝手にカリカリ焦っていたのは私の方だった。私余裕ですよ、私全然大丈夫ですから、そうツンケンしながら、水面下で足をバタバタさせていたのだ。みんな協力したいと思ってくれていたのに、どう手を差し伸べていいかわからなかったに違いない。
 
かつての私のように、ひとりでがんばらなきゃって、それが当たり前だって思ってるママがほとんどなんじゃないだろうか。
 
子供はひとりで育てるもんじゃない。今はそう思ってる。手を差し伸べてくれる人、応援してくれる人は周りにいっぱいいる。手を借りればいいのだ。子供は宝、みんなで育てればいいのだ。
 
核家族が増え、さらに今コロナ渦で孤立する妊婦さんや母親が増えていると言われている。だからこそ「産後ケア施設」はママだけでなく、パパにも知ってもらいたい。会社の経営者にも知ってもらいたい。赤ちゃんと一緒にしばらく泊まってゆっくりしておいで、そうママに言ってあげて欲しい。そうやってリラックスして楽しく子育てがスタートできる環境と文化がもっと広がればいいなと思っている。
 
私は、自分の傘を見るたびに、温かい気持ちになる。あのおばちゃんのおかげ。少し手を差し伸べることが大きな希望になるんだということを思い出す。だから恩送りをしたい。その気持ちが今仕事をする原動力なのだ。
 
 
 
 
***
 
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2020-07-31 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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