メディアグランプリ

【何でも思い通りになると思うことは間違いなのか】日本一変わった書店の店主に止められてもなお日本一高い山に登った私は何を得たのか


何でも watanabeさん

記事:わたなべみさと(ライティング・ラボ)

 

「なんでも思い通りになると思ったら大間違いだからね」

背後からそんな声が聞こえたような気がして振り返った。辺りには悪天候の暗い霧が立ち込めている。しかしそれでも、今まで登ってきた道はどんなものか、少しでも見ることは出来ないかと目を凝らしてみる。しかし、待てども待てども暗い空に光がさすこともなく視界は開けない。霧なのか雲なのかわからない白いもやがあたりを覆い隠すだけで一向に何も見えなかった。

はぁっとついたため息と、苦笑めいた言葉は薄い空気により上がった息のせいで、声になる前に呼気と共に掻き消えた。

「あーあ、富士山なんて登るものじゃないな」

 

その日は雨だった。加えて風も吹いてきたのは室内からでもよくわかった。私は富士山7合目の山小屋の中でため息をついた。

「悪いこと言わないから富士山なんてやめたほうがいい」

いつだったか私が富士山に登ると宣言すると、東京のどこかにある日本一変わった書店の店主が眉間にしわを寄せた。高山病になりやすい店主は自らの書店を日本一面白くすることに興味はあれど、日本一高い山へ登ることには全く興味はないようだ。私も最初は富士山に登りたいとも思っていなかった。しかし何気なく行った前回の初登山の時、あっけなく下山したのが悔しくてまた登ろうと思ったのだ。私だって、きちんと準備して頑張ればできるはずだと思っていた反面、また駄目だったら――ということばかり考えてしまって一向に実現させようとしない自分が嫌で、誰かの前で言葉にすることで登山する状況を作りたかった。

今思えば半分意地になっていたのかもしれない。登山する過程より、あの時断念した日本一高い山のてっぺんに至ったという結果だけが欲しかった私は、悪天候が与える苦痛も相まって道中全く楽しくなかったのだから。
消灯時間ぎりぎりに山小屋にやってきた団体は、朝を待って山を下りようと小声で話し合っていた。布団で横になりながら下山の相談が耳に入るたび私の目にじわっと涙がにじんだ。

ほらね。
やっぱりだめだった。
頑張って登ってもちょっと運が悪いだけで全部だめになることなんてよくことあるじゃないか。

「報われない」

そんな言葉が一番しっくり来た。雨と霧で何も見えない中ひたすらここまで登ってきた時間と労力。山小屋の宿泊料だって決して安いものではない。最初に富士山に挑戦したときには準備が不十分だったのが災いして高山病にかかり、今年こそはと奮起してもこの体たらくなのだから、ここまできておいて登頂出来なかったら、一生この山のてっぺんにたどり着けないのではないかとすら思った。
ああ、やっぱりあの時言われたとおり。富士山はただ標高が高いだけで何もない、つまらない、つらいだけで身にならない最悪な山だったんだ。そう心の中でつぶやかないと私は自分を保っていられなかった。それほど疲れきり、心も体も冷え切っていた。

「いけるところまで行ってみよう」

そう言われたのは夜が明けて、雨は収まったものの風はまだびゅうびゅう吹いている早朝のことだった。何を馬鹿なことを。みんな降りてるじゃんか。そう思いながら、きっとむりだ。この風じゃ頂上にいけないと訴えた。しかし、そう言いながら心のどこかで諦め切れていなかった私は、行ってみる判断を下されたことが少しうれしかったのかもしれない。そんな気持ちを隠すように、最終的には本当に無理そうだとこの目で実感すればあきらめも着くだろうからね、と同行者の意見に承諾した。

外は風が強く、足元もぐっと踏ん張らないとおぼつかなかった。手袋越しの手が吹き付ける風と冷たい水の粒と化した雲にさらされ冷え切って、かじかんだ。真夏の富士山で何を馬鹿なことをと思われるかもしれないが、凍傷という言葉がさっと頭をよぎり、手に感覚があることを確かめるようにストックを握る手に力を込め続けた。
ところどころ、大きな岩が風を阻んでいたので、そこに休憩がてら小さくうずくまって寒さをしのいだ。
登っているときは、体は激しい運動で忙しいはずなのに頭の中は暇なのか、体のつらさも相まって昔から最近まであったあらゆる嫌なこととか、もやもやしたこととかが思い出されていた。

「なんでも思い通りになると思ったら大間違いよ」

そんな言葉が聞こえた気がした。
昔、何が原因かは忘れたがそうやって母に怒られたことがある。
長女である私は、お姉ちゃんなんだからと我慢を強いられることがよくあり、なんでもかんでも思い通りになったことなんて記憶にないから、きっと子供をしかるときの常套句のような、何気ない一言だったのだろうと思う。

しかし、そんな母にとってはそんなこと言ったっけ? と忘れてしまっているような些細だったであろうその言葉は私を十分すぎるほど悲しくて悔しい気持ちにさせた。まるで、私がなんでも思い通りにしようとするわがままな悪い子で、それを正しい母がたしなめるように聞こえたのだ。

足場の悪い地面を力いっぱい踏みしめる。

母は本当に、私はなんでも思い通りになっていると、少しでも思ったことがあるのだろうか。

下から冷たく強い風が吹き上げた。

欲しいものを素直に欲しいと言えなかった私が子供ながらに必死に手を伸ばしていたのを知っていて、あんなことを言ったのだろうか。

走るのが遅くて笑われるのが嫌で、マラソン大会の前に毎日走り込みをしたり
調理実習の時に包丁が使えないことを馬鹿にされるのが嫌で、夜中にこっそり手を切りながら林檎をむいたり
みんな持っているおもちゃを欲しいって言えなくて、厚紙やダンボールで似ても似つかない姿形をまねたおもちゃを何度も自作したり・・・・・・

それは今から見たらちっぽけでしょうもない動機で、付け焼刃でばかばかしい努力だった
かもしれないけれど、私は欲しい欲しいといって胡坐をかいているだけで何かを得られたことなんて一度もなかったはずなのに。

雨が横なぐりに吹き付けた。

頑張っても頑張っても、ほんの少し運が悪かっただけで全部駄目になることなんて世の中には数え切れないほどある。

一生懸命走ろうとしても大事なところで転んでしまったり
いっぱい包丁を練習しても、自分に回ってくる前にチャイムがなってしまったり
みんなと同じものをもっていないだけでその場から浮いてしまったり

それは大人になっても何も変わらなかった。現に、山の上でこんな悪天候に翻弄されたりしているのだから。

寒い
痛い
辛い
苦しい

頂上に近づくにつれ、そんなことを考える余裕がなくなり、だんだん頭の中が空っぽになっていた。
空気が薄い。丹田に力を込める。息を深く吸うには、息をしっかりはくことを意識するってどこで教わったんだっけ。深呼吸するようにゆっくりと息をする。風はさらに激しく強くなっていく。立っていることさえままならない。サングラスとフードの隙間から吹き込む雲が痛い。もう駄目かもしれない。でも、引き返すのも怖い。

9.5合目から山頂に掛けて切り立つ崖があった。吹き上げる風に足がすくみ、たまらず山頂にお尻を向けて腰を下ろした。
そのときだった。
さっきまで黒雲が立ち込めていた何も見えない目の前がぱっと開け、一瞬だけ晴天が割り込んだ。

そこには暗い雲の切れ目に真っ青な空があり、下界に真っ白な雲海が果てしなく広がっていた。そのコントラストの美しさがなんともいえない気持ちにさせた。それは写真を撮るためにカメラを出していたらあっという間にもとの空に戻ってしまうくらい一瞬の出来事だった。でも、そんな一瞬だけど、私はこのために今まで登っていたのかもしれない。そう思えるほどの美しさだった。

子供心に、自分の未来を思い描いた通りにしようとすることは大間違いで、悪いことなのか。そんなことをずっと考えてきた。

記憶の中で母が言う。

「なんでも思い通りになると思ったら大間違いよ」

そうだ。当たり前だ。何もかもいつだって、思い通りには行かない。

でも、心のどこかでは自分の努力しだいで思い通りにできるはずだと思っていたはずだ。それが正義か悪かはさておいて、今考えてみれば年上である私は兄弟げんかで一度も負けたことがない。それは私が我慢したのと同じくらい、負けた自分より小さな相手から譲ってもらったものもあるはずだということを示していて、そういう長女特有のわがままな部分も確かにあって、母はただ、それを指摘しただけなのかもしれないとも思った。
なんでも思い通りにしようとすることは悪いことじゃない。そうやっていろいろやってみればいい。

でもやっぱり、なんでも思い通りにはいかない。
思い通りにいかないからこそ理想よりもっと美しい景色を見出せる。なんでも思い通りになるのが当たり前だと思っていたら、そんな景色を見落としてしまうかもしれない。
あの雲海だってわざわざ富士山で見なくてももしかしたらどこでも見れるものかもしれない。でもそんなこと関係ない。私は、ここであの景色を見れたことが何よりも重要だったのだと思った。

そうだ。日本一の山に登ることが重要なんじゃない。そこにある山を日本一面白く登ることが重要なんだ。
努力は報われるなんて月並みなことは言いたくないけど、あの時、確かに私の何かが報われた気がした。そのくらい、あそこでああしていたことがどんなことよりも勝る私の成果なのだと思った。

あのあと頂上に至ったが、あのときの感動にくらべたら印象は笑ってしまうほど薄かった。いざ登頂しても、疲れや別の感情で感動や情緒はどこかに飛んで行ってしまい、あまり覚えていないほどだ。ただ、無我夢中で登ったことだけは覚えている。

「うっわ、何も見えない! 寒い! しんどい!」

そんなこと言う元気がどこに残っていたのか分からないが、ひーひー言いながら頂上に着いたとき、登ってきた道を見下ろすと、辺り一面霧のような雲に覆われて、何も見えなかった。
今まで登ってきた道はどんなものか、少しでも見ることは出来ないかと目を凝らしても全く視界が開けない、空気が読めない天気。

なんでも思い通りになると思ったら大間違いよ。
全くその通りだ。
でも、それでいいのだ。それがいい。
思い通りにしようとすることも、思い通りにいかないことも決して悪いことなんかじゃないんだから。

 

何も見えない虚空に向かって息も絶え絶えつぶやいた。

「あーあ、富士山なんて登るもんじゃないな」

そのときの私の顔は今までで一番すがすがしい顔をしていたに違いない。

 

***
この記事は、ライティングラボにご参加いただいたお客様に書いていただいております。
ライティング・ラボのメンバーになり直近のイベントに参加していただくか、年間パスポートをお持ちであれば、記事を寄稿していただき、店主三浦のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。

 

【天狼院書店へのお問い合わせ】

TEL:03-6914-3618

【天狼院公式Facebookページ】 天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。

【天狼院のメルマガのご登録はこちらから】

メルマガ購読・解除

【有料メルマガのご登録はこちらから】

バーナーをクリックしてください。

天狼院への行き方詳細はこちら


2015-10-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事