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彼女からの遺言


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記事:市原冴也香(ライティング・ゼミ5月開講通信限定コース)
 
 
あの言葉は彼女の遺言だった。
 
「私ね、感情って分からなかったの。だから一から勉強したんだ」
 
そこまで仲が良いわけではなかった私と彼女だが、ひょんなことから2人で会うことになった。
 
ニコニコと笑いながら話す彼女から、初めて聞く話が飛びたしてきた。私は思わず質問をした。
 
「え? どういうこと?」
 
「小さい頃から病気がちで、母がなんでもしてくれたの。先回りしてなんでも。だから自分で何かを考えるってことがなくなって感情って分からなかったの」
 
「そんなことがあったんだ。知らなかったよ。何かきっかけがあったの?」
 
「うん! 朗読に興味があって、母には反対されていたんだけどね、朗読をやっている会を見つけて入ったの」
 
「朗読なんてやってたんだ! だから綺麗に喋るんだね!」
 
「ありがとう! 嬉しい! 朗読を初めて気がついたの。声に感情が込められないって。そもそも、感情って分からないなってことに。
 
だから雨が降っているときに傘をささないで冷たいなって感じたり、綺麗な景色を見たり。いろいろな経験をして、自分の心を磨いたの」
 
声に感情が込められていなかったことなど分からないほど、起伏に富んだ話し方をする彼女がそう言った。
 
「それでどうなったの?」
 
「今は景色に色が付いたみたい! いろいろな色が見えるよ!」
 
体が弱かったことは知っていたが今は十分元気そうに見えるし、彼女とお母様の経緯など信じられないほど自由に生きているように見えていた。
 
でも彼女は苦労をして、自分で自分の心を取り戻していた。
私からは彼女がキラキラと輝いて見えて、そしてチクンと心が痛んだ。
 
体が弱いこと以外、私も彼女とよく似たところがあったから。
 
母親との関係と、自分の感情が平坦なくせに時々怒りが爆発してしまうことに少ながらず問題意識を持っていた。だから、
 
「私ね、感情って分からなかったの。だから一から勉強したんだ」
 
彼女のこの言葉が心に刺さった。
まるで見透かされて、彼女を通して私に言っているみたいだと少し怖かった。
 
しばらくして、仲間内で集まる日に彼女は来なかった。
心配になり電話をかけたが出なかった。
 
後日
「彼女は突然亡くなった」
と聞かされたとき、悲しみよりも驚きが強くてしばらくは涙が出なかったのだ。
 
「なんで?」
なんでよりにもよって彼女がこの世からいなくならなきゃならなかったのだろう。
 
もっと話したかった。
もっと聞きたかった。
 
後悔の念が頭に渦巻いた。
 
彼女を思って泣いたのは、亡くなったと聞いてから1ヶ月以上経った頃だった。
 
「彼女ね、さやかちゃんのことが羨ましかったみたい」
 
他の人に、彼女は私のことが羨ましいと言っていたのだ。
 
「彼女はさやかちゃんを見てショックを受けたみたい。私はこんなに情熱を持って出来ないって言ってたんだ」
 
嘘だ!
情熱を持ってやっているのはあなたの方だ!
私の心はハリボテなんだから!
 
その瞬間、堰を切ったように涙と嗚咽が止まらなくなった。
 
もっと話せばよかった。
 
羨ましいって思ったこと、見透かされているようで怖いと思ったことを伝えればよかった。
 
もっと教えて欲しかった。心について。
 
聞けば彼女の母は本当に心配性で、仕事をすることすら反対していたそうだ。
 
そんな心配性の母に彼女は困惑をして距離を取りたがっていた。
 
私も母との仲が良くなく、そのことに戸惑っていた。
 
「私ね、感情って分からなかったの。だから一から勉強したんだ」
 
これは彼女から私への遺言なんだと思った。
 
だから、私も自分の感情と向き合うことにした。
 
悲しいことがあったら、今までは悲しみなんて無いように別のことを考えてた。
でもとことん悲しむことにした。
 
それ以外の感情も、怒りだったりしても、それを無いこととして扱わないようにした。
 
徐々に自分の心の奥底に悲しみがあることに気づいていった。
 
それは母との関係で感じたことだった。
 
「お母さん、遊んで」
小さい頃に私がそう言うと、決まって
「忙しいからあっちにいって」
と言われた。
 
母は30歳くらいだっただろう。姉、私、弟の3人がいて、家事に育児にと忙しかった。若いから忙しさはなんとか乗り切れても、若さ故に自分の大変さはカバーできず苛立ちを隠せなかったのだろうと思う。
 
いつでも邪険に扱われて、いつしか私は母と距離を置いた。
母は私のことが嫌いなんだと思い込んだ。
 
母への思い、寂しさが私の根底にあった。
いつもどこか心が寂しい。それを隠したくって楽しいこと刺激的なことに目を向けるようになった。
 
寂しさに目を向けることは悲しくって苦しいことだったけど、そんなときにふと彼女のあの言葉と笑顔が浮かんできたのだった。
 
「お母さんは本当に大変だったんだろうな。私が嫌いってことはなくって、余裕がなかっただけだったんだ」
 
ある日ふとそんなことが浮かび、母と2人で食事に行ったときにこう伝えた。
 
「お母さん、子供を3人育てて忙しかったでしょ。 大変だったよね。今までありがとう」
 
母はちょっと驚き、そしてはにかんだような笑顔を見せてくれた。
 
そこからは母との関係はすこぶる良くなった。適度な距離感と、信頼感を持って接することができるようになったのだ。
 
もし天国というものが本当にあるなら、彼女は見ているだろう。ニコニコとした笑顔で、そして感情を込めてこう言っている気がする。
 
「よかったねぇ〜! さやかちゃん!!!」
 
 
 
 
***
 
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2020-09-26 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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