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メディアグランプリ

7年後の涙


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:井上祥邦(ライティング・ゼミ通信限定コース)
 
 
「なんでこんなデザインしかできないんですか! もう制作会社を変えてください!!」
メガネの女性はデザインラフを見て、泣きながら叫んだ。
あるタレントの英語本の打ち合わせ中だった。
彼女は、若いにもかかわらず単行本一冊を任される優秀な編集者。
私の出来の悪いデザインをみて、彼女の上司に訴えたのだ。
 
それまでに2回ほどデザインチェックがあったが、ことごとく悪い反応だった。
「仏の顔も三度まで」とは、まさにこの事だと実感した。
「もうダメだ……この仕事を下ろされてしまう」私は心の中でそう思った。
 
制作会社変更を訴えられた上司は、やや間をとって口を開いた。
「いや、キミの気持ちもわかるが、ここはこの若手に制作を任せよう」
そう言って、修羅場だったその打ち合わせを収めたのだった。
 
打ち合わせのあった夜、家に戻った私はベッドにダイブした。
悔しくて悔しくて思いっきり泣いた。
 
その翌日から目の色を変えて細かい過ぎるくらいデザインに集中した。
その後、編集の女性とデザインについて数回やりとりをして、ようやくデザインワークも軌道に乗った。
2ヶ月後、発売日をズラすほど苦労した仕事だったが、ようやく納品できた。
 
本が完成して数週間後、上司から連絡がきた。
なんとタレント本の打ち上げを盛大にするということで、制作関係者も招待してくれたのだ。
 
打ち上げが始まると、私は真っ先に泣かれたメガネの女性に、自分の力不足を謝りにいった。
そのとき彼女は、言葉は少なかったが笑って許してくれた。
「もう終わったことだし、いい本が作れてよかった」と言ってくれたのだ。
 
次に上司にも御礼を述べた。
仕事を続けさせてくれたことと、この打ち上げに呼んでくれたからだ。
 
時間が経つに連れて私はほろ酔いになった。
なぜならこのような場が初めてで緊張していたからだ。
そんな中、不意に上司が私の隣に座って話しかけてくれた。
 
「井上くんは将来どうなりたいの?」
 
当時の私は環境に流されやすいタイプで「この会社で管理職になると思います」
と答えた。
そんな夢のない回答を聞いた上司は、迷える子羊を導くようにこう諭した。
「デザイナーなら独立をして自分の力を試したほうがいい」と。
 
そして6年後─。
私は、その言葉を間に受けて本当に独立した。
 
独立して最初の営業はその上司のところに行くことは決めていた。
自分の人生を変えた言葉をかけてくれた恩人だからだ。
アポイントは取っていたが、
いきなり大手出版社に行くことと、久しぶりの再会で私は緊張していた。
 
ちなみにその上司は、その後順調に出世をして編集長になっていた。
しかし相変わらず気さくに話しかけてくれた。
 
私のリラックスした様子を見越して上司が、
「井上くんに会わせたい人がいるんだけどいい?」
と言うと、奥の部屋から人を呼んだ。
 
こちらに向かってくる人影を見て私は目を疑った。
近づいてくるあの女性、どこかでみたことがある…。
女性のメガネを見て、私は驚きとうれしさが同時に込み上げた。
なんと大泣きされたあの編集の女性だったからだ。
あの仕事の打ち上げ以来だったので、6年ぶりの再会だった。
 
顔を合わせてすぐ当時の仕事を謝って、ひさしぶりに会えたことに感謝をした。
興奮気味の私のあいさつもそこそこに彼女はこう言った。
「あのさ、連載モノなんだけど、お仕事をお願いしていい?」
 
「えぇ! こんな私でいいんですか!? しかも連載企画!」
静かな編集部で私の驚きの声が響いた。
久しぶりの再会だけでもうれしいのに、さらに仕事まで依頼をしてくれるとは、全く予想していなかったからだ。
 
編集長になった上司が編集の女性と一緒に仕事を作ってくれたらしい。
上司は、
「井上くんの独立は私の言葉がきっかけだったらしいから、最初の仕事は私からお願いしようと思っていた」
と声をかけてくれた。
しかも直接仕事をするパートナーは、私に縁があるあのメガネの女性を選んでくれたのだ。
 
二人の粋な言葉と行動に、私はうれしすぎて涙がこみ上げてきた。
私にとって独立して最初の日であり、最初の一歩。
前途多難になると予想したスタートが、こんなドラマチックな展開になるなんて思いもしなかった。
6年前あの夜に流した悔し涙は、決して無駄ではなかったのだと思った。
 
独立のキッカケとなった苦い仕事とその人間関係は、人生の第二のスタートで強烈な追い風となってくれた。
 
私は独立して10数年経っても、毎年このお二人に食事の席を設けさせてもらっている。なぜなら二人の前にいると、仕事の因果と初心を思い出させてくれるからだ。
 
***
 
 
 
 
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2020-09-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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