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折れたのが足じゃなくて良かった、とは思えなかった


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記事:綾崎(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
骨折すると、生活に支障が出る。とりわけ足の骨折は大変らしい。
「折れたのが足じゃなくてよかったね」
足の骨折は大変だということはわかっていたが、そう言われて私は憮然とした。眉間にシワが寄り、表情が険しくなるのを自分でも感じた。
 
2ヶ月前、私の母は腕を骨折した。すでにギプスは取れ、今はリハビリ中だ。
母が骨折した原因は自転車事故だった。曲がり角の出会い頭、自転車同士でぶつかった。相手の自転車は大破したが、大した怪我はなかったようだ。擦り傷程度で済んだらしい。対して母の自転車はヘッドライトが少し曲がっただけだった。しかし、乗っていた人間は無事で済まなかった。ぶつかった衝撃で母は吹っ飛び、コンクリートに叩きつけられ、肘をしたたか打ち付けた。
すぐに病院で診てもらうと、案の定骨折していた。骨折というとポッキリと折れたイメージが浮かぶが、一部が欠けた状態やヒビが入った状態など折れ方にも色々ある。骨が3つ以上に割れてバラバラになった状態は「粉砕骨折」と言うそうだ。母の肘は粉砕骨折だった。
2日後に手術を行い無事に成功したが、その日から母の腕は伸び切らなくなってしまった。リハビリのおかげで手術直後よりも可動域は広がったが、腕関節を動かしても軽く曲がった状態で止まってしまう。母曰く「ロックされたみたい」にカチッと止まり、それ以上伸ばせなくなるそうだ。
 
「うーん……、どこまで回復するかは、まだわかりませんね」
手術後の定期診察で母が腕のことを相談すると、主治医の先生は少し困ったように答えた。ハッキリとしたことは言わなかったが、母も私も、腕が元通りにならないであろうことをなんとなく感じ取った。
母はすっかり意気消沈し、その日からしばらく立ち直れなかった。
 
「お母さん、腕の調子どう?」
昼休憩にお弁当を食べていると、休憩時間が一緒になったパートさんが声をかけてきた。以前、母が骨折したと話したことを覚えてくれていたらしい。
「今、週一で病院に通ってリハビリしてます。
だいぶ良くなりましたけど、やっぱり利き手が使えないのは不便そうですね」
「そっかー、でも、折れたのが足じゃなくてよかったね。
足だともっと大変だよ」
そう言われて私は憮然とした。眉間にシワが寄り、表情が険しくなるのを自分でも感じた。
「後遺症が残るみたいなんです」
パートさんの顔を見ずにそう言った。
「えっ……」
「元通りに戻らないらしくて」
「……」
「どこの病院通ってるの?」
見かねた同僚が話に割って入り、話題を変えてくれた。
私は病院の名前を答えながら、内心ホッとした。パートの彼女に悪気がないことはわかっていたからだ。それでも、笑顔で適当に受け流すことはできなかった。
 
確かに、足を骨折すると大変だ。日常生活にかなり支障が出るであろうことは容易に想像がつく。足にギプスをつければ自転車や車には乗れないし、少し歩くだけでも一苦労だ。高齢者が足を骨折したとなると介護が必要になるし、寝たきりの原因になり得る。一大事だ。
それに比べると、腕の骨折は苦労が少ないかもしれない。
それでも私は「折れたのが足じゃなくてよかった」とは、決して思えなかった。
 
終業後、定時でタイムカードを切って会社を出る。辺りは薄暗くなっていた。夕日の名残をとどめた淡いグラデーションの空に、星が遠慮がちに瞬いている。
冷たい風に吹かれながら駅までの道のりを歩き出す。足早に歩きながら、考えるともなしに昼休みに言われた言葉について考えた。
言われた時は怒りが湧いたけれど、私が彼女の立場だったら同じようなことを言っていたかもしれない。単純に比べて腕の骨折の方がマシだと思うことは自然だ。
そう考えるとゾッとした。今回、私が言われる側で本当に良かった。このことに気づかなかったら、私が言う立場だったかもしれない。誰かを自覚なく傷つけてしまう前に、わかって良かった。
他人の不幸は、評価すべきじゃない。
 
駅に着いた。田舎の小さな駅だ。周囲に大きな建物はなく、駅から眩しい光が溢れている。光の中に入り、カバンから定期券を出して改札にかざした。
パートの彼女の一言は無神経だけれど仕方ない言葉だったと思えたし、その言葉に対して私が怒りを感じるのも当然のことだった。でも、今はもう怒りは感じない。むしろお礼を言いたいくらいだと思った。
ともあれ、本日のヒーローは会話に割って入ってくれた同僚だな。私は今日の出来事に結論を出し、密かに二人へ感謝しつつ改札をくぐった。
 
 
 
 
***

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2020-12-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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