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餅のお知らせ


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:石川サチ子(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
大晦日の前日だった。
主人と3歳になったばかりの子ども、そして私の三人で実家に帰省した。
玄関で出迎えてくれた母は、なんだかとても疲れている様子だった。
「なんか、疲れてるみたいだよ、どうしたの?」
聞いてみると、母は答えた。
「餅、搗いたんだけど、いつもならすぐにつき上がるのに、今年は、何回やっても、ボソボソして、なかなか餅にならなくて。他の餅米を別に蒸してやってみても、やっぱり餅にならなくって」
 
私の田舎では、年末になると、それぞれの家で餅を搗き、お正月に食べる風習がある。
私が小さい頃は、臼でペッタンペッタンと搗いたこともあったけれど、餅つき機を購入してからは、蒸した餅米を機械に放り込んでおけば、あっというまに餅が出来上がっていた。
餅つきは、昔に比べて全く大変ではない仕事だ。
しかし、その年は、なぜか、餅つき機を何度動かしても、餅が搗き上がらなかったようで、母はたった一人で餅つき機の前で格闘し、疲れ果てていた。
 
「ようやくできた」と言う搗き立ての餅を、出してくれたけれど、見るからにぼてっとした感じだった。
 
一口食べたが、伸びが悪く、団子みたいだった。
 
「米を間違えたんじゃないの?」
 
私は固い団子のような餅を食べながら言った。
 
「何度も確認したけど、もち米だった」と母は言う。
 
「機械の調子がおかしくなったのかもね」
 
それ以外の答えは思いつかなかった。
 
夕方、祖母がデイサービスから帰ってきた。
父に抱えられて玄関から入ってきた祖母の姿は、数ヶ月前に会った時と比べて、何十年も時間が過ぎたみたいに老け込んでいた。
 
「まゆこが帰ってくるのを、何日も前から待ってたんだよ」
母が言った。
「いつ来るんだ、いつ来るんだ」っておばあちゃん待っていたから、早く行ってやりな。
 
まゆことは、私の子どもで、祖母のひ孫にあたる。
 
祖母は、その前の年に大腿骨をけがして手術し、その年の夏は、熱中症で危篤状態になってしまったけれど奇跡的に助かっていた。
 
「ただいま、帰ってきたよ」
 
祖母に言うと、私の方をっちらっと見て「いつ来たの?」と聞いた。
私は、「3時頃着いた」と答えた。
祖母のベットの周りを走る、まゆこを見て祖母が、衝撃的な言葉を言った。
「めんこいごだ、どこの孫だべ?」
そばで聞いていた母が、驚いて言った。
「なんだい、まゆこだよ、ずっと前から『いつ来る、いつ来る』って気にかけていたじゃないですか」
祖母は首を横にかしげ、見たことない子どもを見るように、まゆこを見て、また首をかしげた。
 
父が言った。
「デイサービスから帰ってくると疲れて、忘れっぽくなる。次の日には調子が戻るから、明日には思い出すんじゃないのか?」
 
私は驚いて、祖母に聞いた。
「私のことは覚えている」と聞いた。
 
祖母は、「忘れる分けねえベ、サチコだろ」と答えた。
最近のことは、ほとんど覚えていないようだが、何十年も昔のことはよく覚えているようだった。
 
翌日は、デイサービスの疲れか、祖母はベットから起き上がらず、ずっと寝ていた。
年が明けて、元日。私は、夕方から同窓会に出席するため、廊下を行ったり来たりしバタバタ走っていた。
 
玄関の近くの廊下の横は、祖母が寝ているベットがあった。
 
廊下を往復して何度目かの時に、突然、祖母の部屋の障子がギーッと開いた。
暗がりの障子の隙間から、シワだらけの手が見えた。
私は立ち止まって、近づいてみると、祖母が半分身体を起き上がらせていた。私が近づいて行くと、祖母は寂しそうに言った。
「もう帰るのが?」
 
祖母は、私たちが帰ってしまうと思ったらしかった。
「違う、これから同窓会があるから」
「そうか」祖母は、表情が柔らいで、再び障子を閉めて、ベッドに横たわった。
 
年が明けて二日目の夕飯時のことだった。
私たちは、正月番組を見ながら、あんこ餅や雑煮を食べていた。
 
途中、母が、ベッドの上で食事をしていた祖母の様子を見に行った。
 
「お父さん、お父さん、ちょっと来て」母が父を呼んだ。
 
父は主人とお酒を飲んでいて、酔いが回った頃だったため、渋々席を立って行った。
 
父が祖母の傍に行くとすぐに「ばんさん、ばんさん」と叫ぶような声が聞こえた。
 
母がバタバタと走って戻って来た。
 
「救急車を呼んで」
私は、電話を取り、119番をかけて母に代わり、祖母のいるベッドのところに急いで行った。
 
祖母は、ぐったりとしていた。
私は、祖母の手を握りしめた。少し暖かい。
顔もほんのりと赤みがかかっていた。
「おばあちゃん、おばあちゃん、おばあちゃん」何度も祖母を呼んだ。
だんだん、祖母の手が冷たくなって固くなっていった。
さっきまで赤みがかっていた顔も、さーっと潮が引くように青っぽくなっていった。
「おばあちゃん、おばあちゃん、おばあちゃん」何度呼んでも祖母は答えてくれなかった。
 
救急車が到着した。
近所の人たちがサイレンの音が気になってわが家にゾロゾロやってきた。
 
祖母は、救急隊の人たちに運ばれて、病院へ向かった。
 
私は心臓がバクバクしていた。
 
祖母は、元気になって帰ってくるのだろうか。
それとも、そのまま、どこかに旅立ってしまったのだろうか。
 
両親が病院まで着いて行き、家は、ガランとしていた。
 
私は、身体が震えていた。頭が真っ白になっていた。
 
まゆこを抱っこした。少し気持ちが落ち着いた。
「まゆこがいて良かった」
まゆこをぎゅっと抱きしめていた。
 
「おばあちゃんは必ず元気になるから、明日は病院にお見舞いに行こう」
 
まゆこと主人に言った。
 
布団に入っても、寝付けなかった。
 
そして、夜中。電話が鳴った。
 
母からだった。祖母が亡くなったという知らせだった。
 
それからまもなく、祖母は、父と母と一緒に帰ってきた。
タンカーに横たわる祖母の身体は、蝋人形のようになっていた。
 
ほんの数時間前まで、祖母の命があった身体なのに、この身体に祖母はもういない。
 
不自由な身体を飛び出して、祖母の魂は、自由な世界に還っていったのだろうか。
 
年末、母が餅つきで難儀したのは、餅のお知らせだったのかも知れない。
 
子供の頃、祖母に聞いた話を思い出していた。
 
「わが家では、家族の誰かが亡くなる前に、変わったことが起きる」と、言っていた。
 
「まさか」「迷信だよ」
私は、信じられず、そう言い返していた、
 
その年、餅がなかなか搗けなかったことと、祖母の死は、関係があったのか。
 
それとも、ただの偶然だったのか。
 
 
 
 
***
 
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2020-12-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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