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ずーっと、さわってたい。《週刊READING LIFE vol,107「I love youを訳してください」》


記事:中川文香(READING LIFE公認ライター)
 
 
小さい頃、私の相棒はふかふかの黄色いタオルだった。
いつもそのタオルを抱きしめて眠っていた。
バスタオルにしては少し小さく、フェイスタオルにしては少し大きい、中途半端なサイズ感。
どこかの会社のロゴが入っているようなありきたりなタオル。
赤ちゃんの頃にぐじゃぐじゃに噛んでしまってよだれでベトベトになって何度も何度も洗濯したそのタオルは、最後には色も薄くなって厚みも心なしか減っていたけれど、不思議と触ると少しふんわりしたその風合いは損なわれることは無かった。
古くなったのを見かねて母が同じような黄色のタオルを買ってきて交換しようとしたけれど、肌触りが全然違って、私はその新しいタオルを使うことを断固拒否した。
家族旅行に出かけることになりいざ出発、しばらくして忘れ物に気付いた私が「黄色いタオルがないと、絶対にだめ」と車の中で泣き叫び、わざわざタオルの為だけに家にUターンしたということもあったらしい。
色あせた黄色いタオルは私の宝物だった。
 
小学生になった頃、父が「犬を飼いたい」と言い出して我が家に犬を招き入れることになった。
犬種は北海道犬で名前は “どんべい” 。
ころころまるまると太った愛らしい黒い眼をした犬だった。
もらってきた当日、玄関で段ボールに入ってくんくん鳴いているどんべいを何度も何度も見に行って、ふわふわの綿毛のような毛をうっとりしながら撫でた。
すくすく育ったどんべいはもう子犬のような愛らしさは無くなったけれど、いつもべろんと舌を出してにこにこして見える顔をぐりぐりひっぱって遊んだり、何もない夕方にどんべいと体をくっつけてぼーっとするのが私にとって至福の時間だった。
ほこりと土の混ざったような、外飼いの犬特有の決していい匂いとはいえない香りがしたのだけれど、頬にふさふさと毛が触る感触が好きで、私は嫌がるどんべいの首元に何度も抱きついた。
16歳という大往生で、私が社会人になった最初の年にどんべいはこの世を去った。
 
今年、私は結婚した。
旦那さんとは付き合って数か月で結婚が決まった、いわゆるスピード婚だった。
それまで数年単位で彼氏がいなかった私にとっては全く思いもよらない出来事だったけれど、決まるときにはトントンと進むものなのだな、とすらすら進んで行く段取りをまるで人ごとかのように眺めていた。
「旦那さんのどこが良かったの?」と友人に聞かれ、これと言って決定打になるようなところが思いつかない……と返答に困ったことがある。
うんうん考えて「旦那さんのお腹を触ってると落ち着くんです」と答えると、友人は若干引いていた。
上手く言葉で説明できないけれど、なんとなく一緒にいると落ち着いて、隣に座っているとそのふくよかなお腹についつい手が伸びてしまう。
決して旦那さんはウェルカム状態ではなく、私がお腹を触るたびに「止めなさい」と手を離されるけれど、どうしても触るのを止めることが出来ない。
 
私はどうも手で触った感覚とか肌感覚で心地よさや幸せを感じているようだ、と気付いたのはここ最近のことだ。

 

 

 

数年前、心理学の勉強をした。
その時に人間の感覚のタイプ分けとして “VAKモデル” という考え方がある、ということを知った。
人には五感があり、普段生活している中で無意識にその五感を使って物事を理解したり、判断を下したりしている。
家に帰った時に「今日の夕飯は魚かな」とニオイで気付いたり、こちらにボールが飛んでくるのを確認すると体をよけたりする、そういったようなこと。
五感とは視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚のことで、この感覚のうち “人によって優位に働いている感覚が違う” という考え方に基づき、その違いを表したものがVAKモデルというものだ。
VAKのVは「視覚(Visual)」、Aは「聴覚(Auditory)」、Kは「身体感覚(Kinesthetic)」で、身体感覚の中には触覚・味覚・嗅覚が含まれる。
視覚優位の人はVタイプ、聴覚優位の人はAタイプ、身体感覚優位の人はKタイプ、ということだ。
自分が普段どの感覚を優位に使っているかはテストがある。
興味を持たれた方はインターネットで検索してみると出てくるので、受けてみて欲しい。
このテストの結果、私はK:身体感覚を優位に使うことが多い、ということが分かった。
 
なるほど、確かに思い当たる節はある。
黄色いタオルのふわふわの感じも、どんべいの少しさらっとした毛並みも、旦那さんのぷにぷにしたお腹の感触も、今ここで触っているわけではないけれど、ありありと思い描ける。
まるで今ここに存在して、今この瞬間冷たくてかたいキーボードを打っているこの手で触っているかのように。
マラソン大会で完走した後の腕や足の疲労感や、寒い日に自転車で頬を切る冷たい風も、今体験しているかのように感じることが出来るのだ。
人によって受け取る感覚の強さが違う、というのは “自分の感じていることと同じように他の人も受け取っているのだろう” と思い込んでいた当時の私にとっては驚きだった。
その反面、「どうりで一生懸命説明しても感覚を共有できないことがあるはずだ」と納得もいった。
この感覚の違いは人とのコミュニケーションですれ違いを生み出すこともある。
感覚の違いを理解することは、例えば恋愛においても重要になってくる。
 
これまで、過去付き合った人から「俺のこと好き?」と聞かれることが度々あった。
書いたとおり、私にとってはその人のそばにいること、例えば隣にくっついて座ったり、今で言うとお腹を触ることが無意識的な愛情表現であったので、言葉で愛を伝えることなんてほとんど無かった。
むしろ「言葉に出して好きなんてこっぱずかしくて言えない、態度で分かってくれよ」というスタンスだったし、「こんなに一緒に過ごしているのになんでこの人は好きだという感覚が分からないのだろう?」とさえ思っていた。
今なら理解できる。
当時付き合っていた彼氏にとっては、言葉で、耳で「好き」を感じとることが重要だったのだ。
目で愛情を感じることを優位感覚として持っている人ならば何か素敵な見た目のプレゼントを受け取ると喜ぶかもしれないし、耳で愛情を感じることを重視する人ならば「愛してるよ」という言葉が効果的かもしれない。
そして私のように身体感覚を重視する人であれば、ぎゅっと抱きしめることやくっついてくれることが何よりも愛情を感じることなのだ。
人によって感覚が違ということが分からなかった当時の私は、次第にすれ違っていくことを止められず最終的に別れを選択することになってしまった。
 
心理学を勉強して “たとえ同じ物事であっても人によって感じる重みが違う” ということを知った私は、相手の求めている感覚は何なのだろう? と考えるようになった。
「好き?」と聞かれると “この人は言葉で表現することを大事にする人なのだ” と理解し、出来る限り自分の気持ちを言葉にして伝えるように努力した。
すると、以前感じた「なぜこの人には私の愛情が伝わらないのだろう?」という違和感が少しだけ、減ったような気がした。
 
愛情の伝え方は人それぞれだ。
人によってその伝え方には得意不得意があるし、さらに受け取り方も様々で、上手に受け取れる表現と、そうではない表現がある。
キャッチボールのように、投げる側はまっすぐど真ん中に球を投げてあげると、相手もその気持ちは受け取りやすい。
受け取る側になった時、もしも「左寄りばかりに投げ込んでくるな」と気付いたら、受け取る自分の場所を少し相手よりにずらしてあげれば、無理なく球が受け取れるようになる。
投げる時も受け取るときも、自分の表現や捉え方を少しずつ修正することで相手と上手く調和がとれ、だんだんと呼吸のあったキャッチボールが出来るようになるだろう。
自分とは違う感覚だと思っても、その違いを楽しんで採り入れてみたら良い。
人間たくさんの感覚を持っているのだから、自分の優位なものばかりでなく、たまには違う感覚も鍛えた方がきっと楽しい。
 
でもやっぱり、私にとって大事なのはふわふわのタオルの手触りやおなかを触った時の肌感覚であって、私にとっての最大の “I love you” は「ずーっと、さわってたい」なのだ。
私のその感覚を旦那さんが理解してくれる日がいずれ来るといいな、と思う。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
中川 文香(READING LIFE公認ライター)

鹿児島県生まれ。
進学で宮崎県、就職で福岡県に住み、システムエンジニアとして働く間に九州各県を出張してまわる。
2017年Uターン。2020年再度福岡へ。
あたたかい土地柄と各地の方言にほっとする九州好き。
 
Uターン後、地元コミュニティFM局でのパーソナリティー、地域情報発信の記事執筆などの活動を経て、まちづくりに興味を持つようになる。
NLP(神経言語プログラミング)勉強中。
NLPマスタープラクティショナー、LABプロファイルプラクティショナー。
 
興味のある分野は まちづくり・心理学。

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