メディアグランプリ

私の抑圧された半生を代弁してくれた本


*この記事は、「リーディング・ライティング講座」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:武田かおる(リーディング・ライティング講座)
 
 
この本を読んで、言葉にできない感情で涙が出た。
 
その時、日々の忙しさにかまけて、心の奥底に押しやって目を向けないようにしていた感情や考えてもしょうがないと、うやむやにしていた自分の中の一つのアイデンティティががむくむくと目を覚まし始めた。そんな感じだった。
 
怒りなのか、悲しみなのか、絶望なのか、共感なのか、自分で自分の感情を消化し、その場で処理しきれなかった。そのストーリーは、あまりに自分の経験と似ていた。いや、似ているのではなく、自分の過去そのものだった。それを客観的に見せつけられた。そんな気分になった。私にとって、その本を読むことは、自分の半生の抑圧された気持ちや経験をもう一度確認する作業だったのだ。だからこそ、簡単に肯定も否定もできなかったのだろうと思う。
 
先日読んだ、『82年生まれ、キム・ジヨン』はフェミニズム小説だが、フィクションならではの特別な能力や運を持ち合わせたバリバリのキャリアウーマン的な女性の話ではない。詳細は違ったとしても、日本にもいそうな一般的な女性の話である。
 
(以下、若干ネタバレ要素も含まれるので注意して読んでいただきたい)
 
本書の主人公キム・ジヨン氏は、韓国のソウル市郊外に夫と1歳の娘との三人で暮らしている。ジヨン氏は結婚後、出産を機に仕事を辞める。夫を仕事に送り出した後、子供を保育園に送っていき、家事を片付ける。そして昼過ぎに子供を保育所へ迎えに行く。それはありふれた日常のようにも見える。
 
自分も同じような経験をした。結婚して子供が生まれるまではキム・ジヨン氏と同じように、フルタイムで働いていた。残業や出張などもあった。やりがいもあった。だが、子供が生まれた後、夫の仕事の都合で転居することになり、仕事を辞めた。仕事を辞めたくなかったが、家族は一緒に住むべきだという考えの元で辞めることになった。また、夫のほうが収入が良いため、仕事を辞めるのは自然に私になった。私のような女性は少なくないだろうし、その何が問題なのだろうかと思う人が大半だろう。
 
何が問題なのか、気づく人が少ないことが現代社会の問題であり、実にこの本を読んで考えるべきテーマなのである。
 
キム・ジヨン氏は結婚後、義理の両親からのプレッシャーもあり、夫から子供を持つことを提案される。しかし、女性にとっては子供を持つと言うのは簡単だが、仕事や私生活が一変するため、簡単に決められることではない。
 
「……私は今の若さも、健康も、職場や同僚や友達っていう社会的ネットワークも、今までの計画も、未来も、全部失うかもしれないんだよ。(中略)あなたは何を失うの?」(1)
 
さらに、子供が健康に生まれてくる保証はない。妊娠中、今までのペースで仕事を続けられるのか。子供の預け先のこと、キャリアの事、考えれば考えるほど不安が押し寄せる。何も考えずに子供を生むことができたらどれだけ楽かと思う。そんな当人の不安などよそに、「子供はまだか」、「子供を生むことは社会的義務だ」、などと言われ、子供を生む決断ができないことで罪悪感をもたされた事を私自身も思い出した。
 
結局、出産を機にキム・ジヨン氏は仕事を辞める。その後、ジヨンは心のバランスを崩し、精神科のカウンセリングを受けるようになる。そのジヨンの幼少時からの回想の記録は、国や時代が少し違うが、自分の経験と重なり、客観的に自分の半生を観ているような気分になった。今ある家庭生活は、自分のキャリアや、やりたいことを犠牲にした上で成り立っているのだということが浮き彫りになっていった。
 
更に、キム・ジヨン氏のように、精神的に不安定になってもおかしくない状態に自分はいたのだということも気が付かされる。
 
本書の最後に、キム・ジヨン氏の精神科の主治医自身の語りがある。主治医は男性だが、精神科医のため、こういった女性の虐げられた心理的状況を理解しているのかといえばそうではない。ジヨン氏をカウンセリングする中で知った彼女の過去の体験を聞き、主治医は「私がまるで考えも及ばなかった世界が存在する」(2)と告白するシーンがある。
 
このように、自分は女性の心理を理解している方だと思う男性もぜひ本書を手にとって読んでほしいと思う。自分が見ている社会と女性が見ている社会がいかに違うのか、男というだけでいかに自分が優遇されているのかという事がわかるはずだ。本書を読んだ後は、母親や姉妹、恋人、妻、娘、同僚、部下など、自分の周りの女性への見方も必然的に変わるだろう。
 
最後に、本書は辛い部分の告白が多いストーリーではあるが、キム・ジヨン氏の母、オ・ミスクはとても前向きで、いつもジヨンの見方であり、ジヨンの意見を尊重して寄り添っている。会社の女性同僚も然り、また、ジヨン氏が高校生の時にストーカーのような男子につけられたときにも、見ず知らずのおばさんがジヨンを助けてくれる。このように、全体的に重たく暗いテーマの中に光を差してくれている先輩や仲間の女性達の存在にも気がつく。それは現実にも当てはまるように思えた。
 
本書を読んで自らの辛かった思いを再確認したが、その反面で私ができることがわかった。自分の子どもたちが性差別の加害者になったり被害者になったりしないように、フェミニズムやジェンダー、生き方について折に触れて一緒に考えたり話したりすることで、より幸せな生き方ができるようにサポートして生きたいと思う。もちろん、私自身のやりたいことも、今までみたいに我慢することが当たり前と思わないで、できる限り実現していきたいと思う。
 
 
 
 
チョ・ナムジュ、訳 斎藤真理子(2018)『82年生まれ、キム・ジヨン』筑摩eBooks、(Kindle版)
 
引用文献
(1)チョ・ナムジュ、訳 斎藤真理子(2018)『82年生まれ、キム・ジヨン』筑摩eBooks、
(Kindle版)位置No.1475/2255
(2)チョ・ナムジュ、訳 斎藤真理子(2018)『82年生まれ、キム・ジヨン』筑摩eBooks、
(Kindle版)位置No.1852/2255
 
***
 
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2020-12-10 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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