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楽をしてもいいじゃない


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:三城 詩朗(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「早く早くー」「おとうさんいくよー」玄関で妻と娘が呼んでいる。
 
今日は日曜日。家族で出かける約束だ。
「ちょっと待ってー」私は玄関に向かって叫び、ロボット掃除機のスイッチを入れた。ピーポーピーという電子音とともに掃除機が動き始める。
キッチンでは食洗機が、洗面所ではドラム式洗濯機が音を立てている。
 
かつての高度経済成長期。世の中に広まりつつあった冷蔵庫、洗濯機、白黒テレビは「三種の神器」と呼ばれ、憧れの対象だったとか。
今は「食器洗い乾燥機」「ロボット掃除機」「ドラム式洗濯乾燥機」の3つが、現代版「三種の神器」と呼ばれているらしい。
 
今でこそ我が家は現代版「三種の神器」に頼りっきりだが、そうなったのはごく最近のことだ。私の気が進まなかったのである。
妻から新しい家電を買おうと提案されてはいた。その度に、「食洗機は手洗いより時間がかかる」「ロボット掃除機では部屋の隅まで掃除できなさそう」「ドラム式洗濯機は電気代がかかる」などなど、理屈をこねては購入を渋っていた。
だが、そんな私も妻に根負けし、やむなく最新の家電を使ってみることにしたのだった。
 
実際に使ってみて分かったことがある。「三種の神器」という呼び名は伊達ではなかった。とにかく便利なのだ。
食洗機は頑固な汚れをものともせず、食器をピカピカにしてくれる。何より、皿洗いから解放されたため、長年悩んでいた手荒れがましになった。
ロボット掃除機も、出かける前にスイッチを一押しするだけでいい。家に帰ってくると、ざらざらしていたフローリングがまるで拭き清められたお寺の床のようになっている。
ドラム式洗濯機に洗濯物を放り込んでおけば、いつの間にか洗濯物がふかふかになっている。寒い冬の朝、ほんのり温かくて柔らかい服を着ると、何ともいえない幸せに包まれる。
 
私は自分が間違っていたことを認めざるを得なかった。
これまで、私は食器洗いや掃除洗濯に何十、何百時間を費やしてきたはずだ。それだけの時間があったら代わりに何ができただろう。自分は愚かだったと思った。かくして私は、三種の神器をかかげる妻の軍門に下ったのだった。
それにしても、どうして私は楽をしようとしなかったのだろう。
 
玄関で靴を履いていると、高校生の時の記憶が頭にふっと浮かんできた。
 
たしか道徳の授業だったと思う。女性差別がテーマだった。私は居眠りしながら授業を受けていた。
先生がどんな質問をしたのかは覚えていない。普段あまり目立たない女子が発言するのを見て、私は顔を上げた。
その女子は、「出産で苦しまなあかんのが女の人のハンデやと思います」と言った。
ほんとにそうだよなあ。出産の痛みは男だったらショック死するぐらい痛いらしいし、仕事も休まないといけないもんなあ。女の人は大変だよなあ。
私は、寝ぼけた頭でその女子の意見に激しく同意していた。
 
そのとき、他の女子生徒が立ち上がった。先ほどの女子とは違って、クラスの主流派に属する派手な女子だった。
「ウチ、それは違うと思っててえ。お産の痛みを経験できるのは、女性にしかない喜びやと思います」
なるほど、そういう考え方もあるのか。高校生の私は目から鱗が落ちる思いだった。
たしかに出産は女性にしかできない体験だ。そう言われると、男の私も怖いもの見たさでお産を経験してみたい気がしなくもない。
 
私が感心していると、他の女子が口々に意見を述べ始めた。
「お産がハンデって、そういう感じ方をする子もいるんやなあ」
「出産をハンデと思うのは不幸やと思います」
「そんなお母さんから生まれてくる赤ちゃんがかわいそうや」
議論は突如としてヒートアップし始めた。
女子生徒の大半が主流派の女子に賛同し、目立たない女子は肩身が狭そうだった。ついさっきまで平和だった授業は、今や「お産の幸せを理解できない女を糾弾する会」と化した。
その間、男子生徒は誰一人として発言しなかった。ただ固唾をのんで成り行きを見守っていた。私も同様だった。目はすっかり覚めていた。中世の魔女狩りとか異端尋問ってこんな感じだったのかなあ、などと考えていた。
 
その後、議論がどうなったのかは覚えていない。
でも、主流派の女子の意見に何とも言えない違和感があったことと、袋叩きにされた女子に同情した記憶は鮮明に残っている。
 
思うに人間は、成果物だけではなく、何かを生み出す過程で手間暇かけたり、苦しんだりするプロセス自体にも価値を見出す生き物なのではないかと思う。
 
工場での大量生産よりも職人さんの手作り。定時で帰る人よりも夜遅くまで残業する人。冷房の効くドーム球場ではなく灼熱の甲子園球場。無痛分娩よりも普通分娩……。
私は、国籍や人種でレッテルを貼るのは間違いだと思っている。でも、何となく日本人は、手間暇かけたり苦しんだりすることを尊ぶ傾向が強いような気がする。
 
私自身にもその傾向はある。
要領よく何かをこなす人よりも、多少不器用でも一生懸命がんばる人を応援したくなってしまう。もっと楽な仕事のやり方があることに頭の片隅では気付いているのに、手間のかかるやり方をして自己満足してしまっていることがある。
そして、時間をかけたり悩み苦しんだりする中で生まれてくる価値もきっとあるはずだと思う。
 
でも、私はもう三種の神器のない生活には戻れない。仕事をする時間、家族との時間、趣味の時間……。楽をすることで得たものはたくさんあるが、失ったものはほとんどない。
 
手間や苦しみを避けて楽をすることも、努力の一つの形としてもっと認めてあげてもいいのではないかと思う。家事でも、育児でも、仕事でも。そうしたら、この世の中で少なからぬ数の人が救われるんじゃないだろうか。
少なくとも私は、一見楽をしているように見える人に対して後ろ指を指したりはしないようにしたい。
もっと楽をしてもいいんじゃないのかな。家電製品たちががんばる無人の我が家を後にしながら、私はそう思った。
 
 
 
 
***
 
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2020-12-13 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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