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ガンジスの魔法使い


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:田中真美子(ライティング・ゼミ平日コース)
※この文章はフィクションです。
 
 
空港を出るとそこはインドだった。
 
むせかえるような熱気を期待して空港を出たが、僕が発した第一声はそんな期待を裏切るものだった。
 
「寒っ」
 
1月、季節は冬だ。流石にインドといえども北部に位置する首都デリーは肌寒い。
道行く現地の人々はニット帽にダウンジャケットを着込んでいる。
 
スーツケースの中から何とかマフラー代わりになりそうなタオルを見つけ、それを首に巻いた僕は気を取り直してタクシーを拾い市街地へ向かった。
 
あぁ、気温くらい調べてから来るんだった。
そんな余裕も無いくらい追い込まれていた。
 
プロジェクトリーダーとして関わっていたプロジェクトでトラブルが起きた。
システムリリース直後に不具合が続出したのだ。
明け方会社を出て一眠りして、また午後に会社に来て明け方までトラブル対応する日が続いた。
土日も休むこと無く働き続けてしばらく経ったある日、ぷつっと緊張の糸が切れてしまった。
 
限界に達した僕は、上司に辞職願いを出していた。
リーダーを任せられたプロジェクトを成功させられなかったという悔しさ、汚名挽回したいという気持ちよりも、疲労困憊で開放されたい気持ちが勝っていた。
 
「これは預かっておくからさぁ、少し休んで良く考えてみたら? 」
 
上司はそう言って、僕に1ヶ月間の休暇を与えた。
働き詰めだった僕に急に1ヶ月の自由が訪れ、気がついた時にはインド、デリー行きの航空券を手配していた。
 
何でインドだったのかは自分でも良くわからない。
とにかく南へ南へ、日本から離れたかった。
 
デリーへ向かう飛行機に乗ってから、今更マナミのことを思い出した。
 
マナミは大学の同級生で、学生時代から付き合っている彼女だ。付き合ってもうすぐ10年経つ。
30歳を目前にして、彼女はそろそろ結婚を考えていただろう。
 
僕はというと、目の前の仕事で精一杯で、彼女との未来を描けていなかった。
一緒にいて心地良く、落ち着く存在だったが、人生の伴侶として一生を共に過ごす覚悟と勇気がまだ無かった。
 
トラブルを起こしたプロジェクトに参加してからはさらに彼女のことを思いやる余裕は無くなった。
しばらくはLINEでメッセージをやり取りしていたが、だんだん頻度が減って、マナミの「おつかれさま。あまり無理しないでね」という短いメッセージを最後にもう3ヶ月以上連絡をとっていない。
 
長く付き合ってきたけど、もう駄目かもしれない。
音沙汰が無くても何も連絡をよこさない彼女はもう僕のことを見放しただろう。
インドへもマナミには黙って来てしまった。
 
デリーのホテルで朝食をとっていると、隣のテーブルが日本人観光客らしき男女二人組だったので声をかけてみた。
思った通り、彼らは日本人だった。聞くとインドが好きで何度も旅行に来ているのだという。
当てもなくここまで来てしまったことを彼らに告げると、バラナシに行ってみてはどうかと勧められた。
 
バラナシとは、ガンジス川が流れるヒンズー教の聖地だ。ヒンズー教の教徒は、死ぬとガンジス川のほとりの火葬場で焼かれて、遺灰を川に流してもらうことが無上の喜びらしい。
生と死が混ざり合った、いかにもインドらしい雰囲気を味わえる場所だと。
そういえば高校生の時に読んだ遠藤周作の「深い河」の川はガンジス川だったな。
 
次の日僕は国内線に乗りデリーからバラナシへ飛んだ。慌てて手配したバラナシのホテルのフロントで聞くと、ガンジス川へは早朝行くのがいいと言うので翌朝まで待った。
 
早朝、まだ日が昇る前の真っ暗な道をガンジス川へ向かって歩く。
早い時間だと言うのに、道路には人や車、バイク、牛が入り混ざってひしめき合っている。
 
砂っぽい道路を抜けてようやく川までたどり着くと、そこには袈裟をまとい礼拝する僧侶、沐浴に向かうであろう薄着の人たち、ダウンジャケットを着込んだ観光客たちでごった返していた。
 
川辺をぼんやり眺めていると、ボートマンに声をかけられた。
ガンジス川から川辺の様子を眺めてみたくなって、誘われるままにボートに乗り込んだ。
 
早朝の冷たい空気を顔に受けながらボートに揺られ、川のほとりを見ると、歩いていた時にはあんなにゴミゴミして汚く見えたのが嘘のように、祈る僧侶の掲げる炎が淡く光り、幻想的な美しい街並みに見えた。
 
火葬場で焼かれた人が流され、そのすぐそばでは生きて生活する人が川で洗濯している。服を着ていても寒いのに、パンツ一枚で沐浴する人もいる。
 
僕にとってはこの川は不衛生に思え、そんなことをする気にならないのだが、祈りながら川の水を浴びる彼らを見ていると、この全てを包み込む雄大な川の景色が、とても美しい神聖な光景に見えて来た。
 
ボートに乗せてくれたエディも、この川がいかに自分たちにとって神聖なものであるかを説明してくれた。
 
徐々に日が昇り始め、遠くに朝日がはっきりと浮かび上がった。
 
ガンジス川がオレンジ色に染まり、ボートにのる観光客がくれるエサを狙って鳥が何羽も飛び回った。
 
エディが言った。
 
「You are lucky」
 
こんなに朝日がはっきり見える日は滅多に無いそうだ。
なぜか無性に可笑しくなって、僕は涙をこぼした。
 
日本で、馬車馬のように働き、朝も夜もわからなくなっていた僕は、インドではとても幸運な男だったのだ。
 
誰かにこの光景を伝えたくなった僕はスマホで写真を撮り、思い切ってその写真をマナミに送った。
 
ボートを降りてぶらぶらとバラナシの街を観光してホテルに帰って来た頃、マナミからメッセージが届いた。
 
「ボートの上に魔法の絨毯に乗った魔法使いがいるね! 」
 
写真を見返すと、朝日の下に観光客を乗せたボートと、その間に一羽の鳥が写っていた。
逆光で真っ黒なその鳥は、大きく羽を広げて飛んでいるところが真横に写り、その羽がマントを羽織った魔法使いに、鳥の胴体が魔法の絨毯に見えたようだ。
 
どこで何をしているのか聞くでもなく、今まで連絡しなかったことを責めるでもなく、たったその一言だけ送って来たメッセージを見て、僕は無性に彼女に会いたくなっていた。
 
生と死が、美しさと汚さが混ざりあうガンジスの流れを見て、疲労困憊だった僕はいつの間にか癒されていた。
 
上司に預けた辞職願いは破り捨ててもらおう。
そして日本に帰ったらマナミに会いに行こう。
 
「ただいま」
 
 
 
 
***
 
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2020-12-26 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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