メディアグランプリ

鹿がちびっこハンターの魂を呼び起こした夜のこと


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:棚橋 愛(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
午後9時半。
天狼院書店ライティング・ゼミの初回講義を受けた私は、帰りの電車で深いため息をついた。
 
課題どうしよう。
いきなり2,000文字の文章を書くなんて、できへん……。
それも1週間に1回提出せなあかんなんて。
 
そんな不安を抱えながら電車の中で目を泳がせていると、誰かの視線を感じた。
 
誰や?
 
振り返ると、鹿と目が合ったのだ。
 
電車の中に鹿が乗っていたのではない。
奈良市内の周遊きっぷの中吊り広告の中にいる鹿の写真だ。
 
鹿は若草山の緑の芝生の上でのんびりたたずんでいた。
コロナ禍で生活が一変し、少なからず窮屈さを感じる日々を送っている私にとって、これまでと変わらず若草山でたたずんでいる鹿たちにうっかり嫉妬してしまった。
 
さらにうっかりしたことに、子供のころの若草山での思い出がリアルによみがえってきた。
 
そう。若草山は、私がちびっこハンターと化した地だった。
 
若草山というのは奈良市内の東大寺や春日大社の近くにある山で、山肌の芝生の青さが美しいことで有名な場所である。
 
その若草山に、ギュウギュウに私たちを詰めた数台の観光バスが停車した。
今からウン十年前の秋の日のことだった。
観光バスのフロントガラスには「○○小学校三年生 遠足」と書かれたプレートが貼られてあった。
 
目的地である若草山に到着し、広大な芝生に放り出された子供たちは、都会とは違う開放感にあふれて走り回ったり、リュックサックのにおいを嗅ごうとしてきた鹿に怯えたり、落ち着きなくキョロキョロと周りを見回したりと、しばらくそれぞれの方法で過ごしていた。
 
そして、お弁当を食べ終わった頃。
担任の先生は私たちを招集し、この広大な広場だからこそできる遊びをやると宣言し、クラス全員を1列に並ばせた。
 
先生は列の先頭にいる子を大きな木につかまらせ、後ろに続く子には前の子の腰にしがみつくようにと指示を出した。
なだらかな坂の上方にある木を起点にして、下のほうに向けて40人の子供が列をなしているのだが、重力があるので列の後方は若干不安定な状態になっている。
そこへ、先生から出された次なるミッションは列を組んだままで後ろ方向に引っ張るように、というものだった。
 
後ろから圧がかかると、当然ながらどこかで列は切れてしまう。
それで列からはぐれた子供たちはまた列に戻り、引っ張り合いを続けなければならない。
私も列が切れたときにバランスを崩して転んだが、すぐに起き上がって最後尾に向かって走っていた。
一見単純に見えるが、続けているうちに私もみんなも病みつきになっていた。
 
そんな中、私の数人前にいる子が手を離したので、例によってまた後続する子供たちは芝生の上に放たれた。
私も芝生の上で数回コロコロと転がった。
回転が止まったところで起き上がり、列のほうに目をやると……。
 
当時大好きだった男の子の背中があるではないか!
 
そのとき、私の野生の血が騒いだ。
ちびっこハンターが誕生した瞬間だ。
 
私は全速力で走った。
身体中に芝がまとわりついていようが、構わずに走った。
その姿は鹿のようにも見えたかもしれないが、それは鹿ではなく、まぎれもなく小学三年生の女子だ。
生まれて初めて恋をした、その相手の背中をめがけて夢中になって走るちびっこハンターだ。
 
努力が実り、私はめでたく彼の後ろにつくことができた。
めでたし、めでたし。
と言いたいところだが、ハンターの試練はここからだった。
後ろからの圧に耐えなければならないのだ。
 
どれだけ強く引っ張られても、絶対に離すまいと我慢した。
せっかく掴み取ったこの幸せな時間が永遠に続くように、と東大寺の大仏様に心の中で祈りをこめながら、しがみついていた。
後ろに体格のいい男子が付き、とんでもない力がかかって計り知れない恐怖を感じたが、絶対に離さなかった。
芝生で足を滑らせ、膝をついてしまっても手はがっちりと彼の腰をホールド。
 
しかし、不可抗力はどうすることもできなかった。
 
こともあろうに前方で列が切れてしまい、またまた私たちは放り出されてしまったのだ。
 
衝撃で私は手を離してしまった。
自分の身に起きたことが信じられず、大の字で仰向けになったまましばらく動くことができなかった。
口をポカンと開けたままで青空を見上げることしかできなかった。
 
しばらくして、担任の先生が私のもとに走ってきた。
先生は、私が頭を打ったのではないかと心配したのだ。
私の顔を覗き込む先生に大丈夫です、と言って立ち上がった私は列に戻ったが、ポジションは前から数えて40人目だった。後ろには誰もいない。
それでも、さっきの高揚感はまだまだ私の中で居座り続けていた。
 
ほんの数分間の出来事だったけれど、大人になってからもあの光景はしっかりと覚えている。チャンスを自分の力で掴み取り、どんなことがあっても離すまいとしがみつく姿。
 
そうだ!
まさに今、また自分でチャンスを掴み取ったのだ。
天狼院のライティング・ゼミというチャンスを。
 
自分の文章をたくさんの人に読んでもらいたい。たくさんの人の心に灯を与えたい。
そう願っていた私が、その夢をかなえるためのチャンスを掴んだのだ。
課題を書くのが辛くて、早くも逃げだしそうになるけれど、私はこのチャンスを最後まで絶対に離すものか!
そんな気概で4か月、頑張ろうと決意した。
 
そんなことを思いながらまた広告に目をやり、鹿と目を合わせた。
鹿はやさしそうに微笑みかけてくれたように見えた。
自分で頑張ると決めたのだから、最後まで頑張りなさい……と言われたような気がして心がちょっと熱くなった。
 
ということで、鹿に背中を押してもらって無事に書き上げることができました。
ありがとう、鹿さん!
 
 
 
 
***
 
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2020-12-28 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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